【完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

197 我が儘は言えなかった  朱実

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「すみません。伴侶が飲み過ぎたようです。デザートも頂いたし、お先に失礼します」
「うちも帰るか」

 は?
 思わず声を出しかけて、慌てて口を閉じる。
 子どもたちを帰して、大人の時間が始まったら話そうと思っていたのに、真っ先に帰るだって?
 待て、と言う間もなく立ち上がる緋色ひいろを、どうすれば止められるのか分からない。腕の中の人形は、くったりと目を閉じている。あの状態では、引きとめたところで断られることは明白だった。
 全く忌々しい。たかがじゃんけんで、相手をしていた緋椀ひまりまで、興奮して紅潮した顔を隠せずにいる。あんな顔を見せられたら、伴侶がとっとと引き上げたくもなるだろう。
 食事をしながら、ただの遊びが、とんでもない方向に転がっていく様子を唖然と見ていた。早々に食事を終えた子どもたちは、向かい側に座る一条家の席の後ろで遊び始めたから、目に入るのだ。運ばれてくる食事をとりながら、義兄である一条朱可しゅかやその伴侶の茉璃まつり、上座に座る父や母、隣の席の赤璃あかりと軽く会話をしつつ、遊ぶ子どもたちを見守る。
 あの人形は、普通に遊ぶこともできないのかと内心で呆れていた。
 だというのに、子どもたちが、徐々に人形に惹かれていく様子が手に取るように分かる。苛々が募った。
 灯可とうか
 いつも落ち着いていて何事もそつなくこなす子どもが、落ち着きを失くしている。どこか自分に似たものを感じていた灯可とうかがはしゃぐ様子は、気持ち悪かった。生き生きと楽しそうに笑う顔は、見ていられない。
 だというのに、朱可しゅか茉璃まつりはとても嬉しそうにそれを見ている。我が儘を言う灯可とうかを止めることなく、見守っていた。
 灯可とうかの我が儘がもとで始まる他愛ない喧嘩も、人形が何でもないことのように止める。自分が上手く場をおさめたことにも気付いてはいまい。油断すると、溜め息がこぼれそうだった。
 近い席にいるのに、ちっとも話に加わらない緋色ひいろを横目で伺えば、食事をもくもくと食べながら、楽しそうに人形のことを見ている。時折、赤璃あかりに話し掛けられれば返事をするが、後はただ、そちらを見ているだけ。ただ、それだけなのに。
 緋色ひいろの、そんな顔を見たことは無かった。
 それもまた、内心の苛立ちを募らせる。
 後で話そうと思っていた。けれどお前は、私を一瞥もせず、気にしもせず、帰るんだな。
 がいることで、緋色ひいろの気持ちも落ち着いて私に協力してくれている、と分かっていてなお、あの人形を排除したくて堪らなくなる。
 あれがいるから、緋色ひいろを次期皇帝にと推す声も小さくなり、次代の心配もいらないのだと分かっている。分かっていてなお、私の中の声は、あれが邪魔だと言うんだ。
 灯可とうかは、きっと今日の経験から、良い成長を遂げるのだろう。尊き御名を付けないでくれた朱可しゅかに感謝する日がくるほどに。いや、まだ生まれてもいない次代のことなど、どうでもいい。
 私はただ、今日、お前と酒を酌み交わしたかっただけなのに。

「お先に失礼します」

 緋椀ひまりの肩を抱いて上座へ進み、丁寧に頭を下げる七条作治さくじ。その後ろから、人形を抱いた緋色ひいろもやって来て、頭を下げる。

「私たちも、緋色ひいろ殿下と共に帰ります。同じ家ですので」

 九条家も、揃って挨拶にきた。

「ああ。今年もよろしく頼む」 

 陛下の挨拶。
 これでもう、引き留めることはできなくなった。
 ああ。
 まったく、忌々しい。
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