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第五章 それは日々の話
179 懐かしい感覚 三郎
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何?何やって?
殿下の言葉を理解しようと必死で話を聞く。利胤さまの、孫になれという最初の一言に驚きすぎてしまって、話が入ってこない。
落ち着け。落ち着け。
「九条が取り潰されたら、生松と睦峯が名字を失ってしまう。そうなると俺の直属ということに難癖をつける奴も出てくるだろう。医師免許を剥奪されても厄介だ。そんなわけで、九条家は今、取り潰されたくないんだ」
「は……い」
「九条家の仕事の一つに、先ほど説明した御前会議がある。それをお前に請け負ってほしい」
「は……」
惰性で返事をしかけて、口をつぐむ。待て待て待て。これは、返事をしたら了承と取られるやつやないか?何かを頼まれていると思われる時に、安易に頷いてはいけない、声で返事をしてもいけない、と散々叩き込まれた心得が、私に警鐘を鳴らす。
必死で平静を保って殿下の顔を見ると、ふっと軽く微笑まれた。
「やはり、なかなか引っ掛からんな」
「へ?」
「殿下、それはいかん」
利胤さまが、私の腹をぽんぽんと優しく叩く手にほっとしてから、慌てて背筋を伸ばす。温かい手に気が緩みかけた。混乱が収まってくると、人様の膝の上に座っているというあり得ない状況が酷く心地好い気がして、また、混乱しかける。
私は一体、何をしてるんや。
「騙し討ちのような真似で言質を取ろうなど、もっての他だ。それで話が纏まっても、後々宜しくない事態となるぞ。我らはこの先も、長く共におるんだからな」
利胤さまの言葉に、やはり危ないところだった、と表情を固くする。
「だが、引っ掛からなかった」
「ふむ。確かに見事だな」
「そういう駆け引きを、息をするようにされるとこです、殿下」
睦峯先生が溜め息を溢しながら言って、緋色殿下が首を傾げた。
「何だ?」
「俺と生松は、そういった話での正解を知らない。殿下の庇護下にあり、会議の時には常に共に行動しているから、今のところ被害はありませんでしたが、これから先もうまくいくとは限りません。下手に頷いたり返事をしてしまって、殿下や義父上に迷惑をかけることを何より恐れています。自分が、酷い目に合うだけなら、まあ、何とか耐えられると思うのですが……」
つまり、その、九条家に迷惑をかけんように、こうした駆け引きができる人間を、跡取りとして家に入れたい、ということか。理屈は分かった。確かに私は、駆け引きができるとは到底言えないが、簡単に引っ掛からないための心得を言い聞かせられて育っとる。すでに身寄りもない。適任なんかもしれん。
それでも。
「殿下。御前会議に私が出るなどと、おそれ多い話です。私は罪人なんですよ。お忘れですか?」
意識して、困った顔を装う。離宮に来てからはずっと、心を隠すことなく生活し、心のままに話していた。それは、どこか苦しく、どこか気分の良い、不思議な感覚だった。
けれど、殿下の言葉に引っ掛からないようにしようと思えばすぐに、懐かしい感覚が戻ってくる。私が、御前会議に出るなんて、あり得ない。私は罪を、まだ何も償っていない。私は、叶うならば、ここの下働きとして朽ちていきたい。
相手の言葉に対する正解を知りつつ、自らの望む解答へと導く、なとどいう駆け引きをやったことはあったかな……。
これは、手強そうや。
殿下の言葉を理解しようと必死で話を聞く。利胤さまの、孫になれという最初の一言に驚きすぎてしまって、話が入ってこない。
落ち着け。落ち着け。
「九条が取り潰されたら、生松と睦峯が名字を失ってしまう。そうなると俺の直属ということに難癖をつける奴も出てくるだろう。医師免許を剥奪されても厄介だ。そんなわけで、九条家は今、取り潰されたくないんだ」
「は……い」
「九条家の仕事の一つに、先ほど説明した御前会議がある。それをお前に請け負ってほしい」
「は……」
惰性で返事をしかけて、口をつぐむ。待て待て待て。これは、返事をしたら了承と取られるやつやないか?何かを頼まれていると思われる時に、安易に頷いてはいけない、声で返事をしてもいけない、と散々叩き込まれた心得が、私に警鐘を鳴らす。
必死で平静を保って殿下の顔を見ると、ふっと軽く微笑まれた。
「やはり、なかなか引っ掛からんな」
「へ?」
「殿下、それはいかん」
利胤さまが、私の腹をぽんぽんと優しく叩く手にほっとしてから、慌てて背筋を伸ばす。温かい手に気が緩みかけた。混乱が収まってくると、人様の膝の上に座っているというあり得ない状況が酷く心地好い気がして、また、混乱しかける。
私は一体、何をしてるんや。
「騙し討ちのような真似で言質を取ろうなど、もっての他だ。それで話が纏まっても、後々宜しくない事態となるぞ。我らはこの先も、長く共におるんだからな」
利胤さまの言葉に、やはり危ないところだった、と表情を固くする。
「だが、引っ掛からなかった」
「ふむ。確かに見事だな」
「そういう駆け引きを、息をするようにされるとこです、殿下」
睦峯先生が溜め息を溢しながら言って、緋色殿下が首を傾げた。
「何だ?」
「俺と生松は、そういった話での正解を知らない。殿下の庇護下にあり、会議の時には常に共に行動しているから、今のところ被害はありませんでしたが、これから先もうまくいくとは限りません。下手に頷いたり返事をしてしまって、殿下や義父上に迷惑をかけることを何より恐れています。自分が、酷い目に合うだけなら、まあ、何とか耐えられると思うのですが……」
つまり、その、九条家に迷惑をかけんように、こうした駆け引きができる人間を、跡取りとして家に入れたい、ということか。理屈は分かった。確かに私は、駆け引きができるとは到底言えないが、簡単に引っ掛からないための心得を言い聞かせられて育っとる。すでに身寄りもない。適任なんかもしれん。
それでも。
「殿下。御前会議に私が出るなどと、おそれ多い話です。私は罪人なんですよ。お忘れですか?」
意識して、困った顔を装う。離宮に来てからはずっと、心を隠すことなく生活し、心のままに話していた。それは、どこか苦しく、どこか気分の良い、不思議な感覚だった。
けれど、殿下の言葉に引っ掛からないようにしようと思えばすぐに、懐かしい感覚が戻ってくる。私が、御前会議に出るなんて、あり得ない。私は罪を、まだ何も償っていない。私は、叶うならば、ここの下働きとして朽ちていきたい。
相手の言葉に対する正解を知りつつ、自らの望む解答へと導く、なとどいう駆け引きをやったことはあったかな……。
これは、手強そうや。
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