【完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

171 ちちという名の記号  緋色

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三郎さぶろうを九条の家に入れることはできませんか?」

 生松いくまつは、色々と説明をすっ飛ばすことにしたらしい。休みの日に、仕事の話は聞かねえぞ、というだけのつもりだったんだが、ふざけすぎたかな。

「私も睦峯むつみね先生も、会議に出たり集会に出たりする時間というのが、どうしても、その……」

 途中まで滑らかだった口調が、少し言葉を選ぶように詰まり始める。
 ああ。
 どんな名字でも、名字さえあれば、医師免許取得のための条件は満たせたものを、九条の養子としたものだから色々と面倒なしがらみが付いてしまったな。利胤としたねに子がなく、親戚から養子を取るつもりも無かったものだから、養子となった時点で生松いくまつが、由緒正しい九条家の跡取りとなってしまった。一医師としてありたい二人に、御前会議や、一条から九条の面子が揃う集会への参加は辛かったか。
 間もなく、正月の集まりがある。
 他の集まりは理由があれば欠席できても、正月のものは必ず出席しなければならない。

「三人目か……」

 二人目までは、養子とするのも割りと容易いのだが、三人目以降は色々と手続きが面倒くさかったような……。利胤としたねは妻を亡くしていて、もう仕事を引退している。その点も、条件としてはあまり良くない。

「もし養子三人は難しいという話なら、私を除籍して頂いても」
「馬鹿もん!」

 近くで静かに話を聞いていた利胤としたねが、もともと大きな声を張り上げた。びくっと跳ねた成人なるひとの体を、これ幸いと膝の上に移す。

「お前は!わしのことを、免許取得のための名字だと思っていたのか!!」
「え?あ、義父上ちちうえ……?」

 生松いくまつは、利胤としたねが、いつの間にか近くに座っていたことに気付いていなかったらしい。利胤としたねも、優れた軍人だ。覇気に溢れる姿が常態な訳ではなく、敵方からの矢面に立つため、味方を鼓舞するための一つの形に過ぎない。その身を潜ませて敵を討つことが作戦として必要なら、それもまたできる。それこそが、最強の名をほしいままにした英雄、九条くじょう利胤としたねなのだから。
 気配を察知する訓練を受けている俺と成人なるひとは、利胤としたねが来たことに気付いていたけどな。

「医師免許が手に入ったら、わしはお役御免か?わしのことを義父ちちと呼ぶのは、そう呼べとわしに言われたからか?それは、九条様や利胤としたね様と呼ぶのと同じ響きで呼ばれていた記号か?」
「…………あ」

 生松いくまつが、叱られた子どものように、うつ向いて言葉を失くす。いつも冷静で、あまり感情を表に出さない生松いくまつが、初めて見せる表情かおだった。

「ちちうえと、くじょうさまと、としたねさまは、呼び方以外に何が違う?」

 膝の上の成人なるひとの声に、はたと考える。咄嗟に出せる答えを、俺も持っていなかった。
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