511 / 1,321
第五章 それは日々の話
161 いつも通りの朝 三郎
しおりを挟む
「あの、すみません。おはようございます。遅うなって、その……」
人の気配があるのは食堂だけだった。いつもより起きた時間が遅かったため、顔を出すのにも勇気がいる。いっそ午前中は部屋に籠って、次の食事時間に顔を出そうかとも思ったけど、兄が心配するような気がして部屋から出てきた。
「ああ、三郎。ちょうど良かった。みんな今からご飯やから、食べるか聞きに行こと思てたんや」
「あの、すみません。お手伝いもせんと……」
「ええよ、ええよ。正月やもん。のんびりしたらええ。あ、そうや。あけましておめでとう」
兄の言葉に、そうや、正月やったと思い出す。昨日、一昨日は、大掃除やということで肉体労働に駆り出され、だいぶ疲れていたらしい。目覚まし時計をかけることも忘れて、ぐっすりと寝てしまっていた。
人の気配があまりなく、家の中がとても静かだったことも、寝坊した原因かもしれない。
正月の挨拶も忘れるなんて……。
「……あけましておめでとうございます」
「もう一つ、お餅焼いてくるわ。うちの分、食べとって」
「あ、自分で……」
休みだと言うのに、いつも通り動いていたらしい兄が、盆を抱えて身軽に厨房へ戻って行こうとする。申し訳なくて、自分ですると言いかけて気付いた。
餅の焼き方など知らない。鍋の中身を器に移すくらいはできるだろうが、器のある場所も知らなかった。
「ん?何?お餅は何個食べる?うちの雑煮には二つ入っとるけど、足りる?」
「はい。足ります。すみません」
半助の鋭い視線に耐えて、頭を下げる。仕方ない。できないこと、知らないことをうやむやのままにやってみることは、より迷惑をかけるということを、この数ヵ月で学んだ。
それにしても、と受け取った雑煮を手に、食堂を見渡す。
本当に人の少ない部屋の中。三ヶ日は休み、というのが徹底しているらしい。
「おはようございます。あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとう」
「あけましておめでとうございます」
緋色殿下に近付いて座り頭を下げれば、殿下も周囲の方々も口々に挨拶を返してくれた。
いつも通りの服装。
新しい綺麗な服を着ていると分かるのは斎さんくらいで。
正月やから、新しい下着や服を出さなくてはいけないのに持っていない、と気付いて焦っていたから、朝の支度が遅れた自分が滑稽なような気がした。
「斎。どこか出掛けるのか?」
「いえ。どうしてです?」
「綺麗な格好をしてるから、出掛けるのかと思ってな」
「正月ですから」
「正月だからどこも開いてないぞ。初詣でか?」
「正月は、新しい下着や服を下ろしたりしませんか?」
「ああ、成る程」
やはり、同じことを考えている人はいたらしい。殿下の言葉に答える斎さんに、少しほっとした。
「特に出掛けないから、過ごしやすい格好にしてしまったな」
「あはは。私も、何だかいつも通りでしたねえ」
お盆にお茶を乗せてきた生松先生が、お茶を並べながら話に加わる。
ああ、しまった。
お茶を運んで配るくらいはできたのに。
「俺は、パンツが新しい」
「へえ。どれどれ」
「ん?昨日、見たでしょ?」
成人さまの言葉に、ズボンのゴムを引っ張って中を覗き込もうとする殿下。成人さまが楽しそうに笑う。今日も、二人でくっついていらっしゃる。
えーと。
いや、そうか。
お風呂に一緒に入るんやから、見てるか。
人は少ないけどいつも通りの朝に、なんだかほっとして席に着いた。
人の気配があるのは食堂だけだった。いつもより起きた時間が遅かったため、顔を出すのにも勇気がいる。いっそ午前中は部屋に籠って、次の食事時間に顔を出そうかとも思ったけど、兄が心配するような気がして部屋から出てきた。
「ああ、三郎。ちょうど良かった。みんな今からご飯やから、食べるか聞きに行こと思てたんや」
「あの、すみません。お手伝いもせんと……」
「ええよ、ええよ。正月やもん。のんびりしたらええ。あ、そうや。あけましておめでとう」
兄の言葉に、そうや、正月やったと思い出す。昨日、一昨日は、大掃除やということで肉体労働に駆り出され、だいぶ疲れていたらしい。目覚まし時計をかけることも忘れて、ぐっすりと寝てしまっていた。
人の気配があまりなく、家の中がとても静かだったことも、寝坊した原因かもしれない。
正月の挨拶も忘れるなんて……。
「……あけましておめでとうございます」
「もう一つ、お餅焼いてくるわ。うちの分、食べとって」
「あ、自分で……」
休みだと言うのに、いつも通り動いていたらしい兄が、盆を抱えて身軽に厨房へ戻って行こうとする。申し訳なくて、自分ですると言いかけて気付いた。
餅の焼き方など知らない。鍋の中身を器に移すくらいはできるだろうが、器のある場所も知らなかった。
「ん?何?お餅は何個食べる?うちの雑煮には二つ入っとるけど、足りる?」
「はい。足ります。すみません」
半助の鋭い視線に耐えて、頭を下げる。仕方ない。できないこと、知らないことをうやむやのままにやってみることは、より迷惑をかけるということを、この数ヵ月で学んだ。
それにしても、と受け取った雑煮を手に、食堂を見渡す。
本当に人の少ない部屋の中。三ヶ日は休み、というのが徹底しているらしい。
「おはようございます。あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとう」
「あけましておめでとうございます」
緋色殿下に近付いて座り頭を下げれば、殿下も周囲の方々も口々に挨拶を返してくれた。
いつも通りの服装。
新しい綺麗な服を着ていると分かるのは斎さんくらいで。
正月やから、新しい下着や服を出さなくてはいけないのに持っていない、と気付いて焦っていたから、朝の支度が遅れた自分が滑稽なような気がした。
「斎。どこか出掛けるのか?」
「いえ。どうしてです?」
「綺麗な格好をしてるから、出掛けるのかと思ってな」
「正月ですから」
「正月だからどこも開いてないぞ。初詣でか?」
「正月は、新しい下着や服を下ろしたりしませんか?」
「ああ、成る程」
やはり、同じことを考えている人はいたらしい。殿下の言葉に答える斎さんに、少しほっとした。
「特に出掛けないから、過ごしやすい格好にしてしまったな」
「あはは。私も、何だかいつも通りでしたねえ」
お盆にお茶を乗せてきた生松先生が、お茶を並べながら話に加わる。
ああ、しまった。
お茶を運んで配るくらいはできたのに。
「俺は、パンツが新しい」
「へえ。どれどれ」
「ん?昨日、見たでしょ?」
成人さまの言葉に、ズボンのゴムを引っ張って中を覗き込もうとする殿下。成人さまが楽しそうに笑う。今日も、二人でくっついていらっしゃる。
えーと。
いや、そうか。
お風呂に一緒に入るんやから、見てるか。
人は少ないけどいつも通りの朝に、なんだかほっとして席に着いた。
446
お気に入りに追加
5,083
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる