495 / 1,321
第五章 それは日々の話
145 準備は着実に 朱実
しおりを挟む
妊娠は病気ではない。つまり、自分達の修学範囲ではないとでも言いたいのだろうか。それなら、素直に匙を投げてくれたらいい。そうしたら、皇城指定の医師ではない、妊娠を修学している医師を堂々と呼べるというのに。
赤璃はまだ、皇妃ではなく皇太子妃である。いざとなれば、七条の家へ帰しても構わないのだが、赤璃の妊娠出産は、今回一度限りのこととはならない可能性が高い。
そして、次の妊娠出産時には皇妃となっているだろう。そうしたら、七条の家へ帰せなくなる。その時、城の医師共の心無い言葉によって、赤璃が母上のようになったらどうしてくれる?あれより私に相応しい伴侶などいないというのに。
妊娠してから、らしくなく不安定な様子を見せる赤璃を案じて、医師について調べてみれば。
五条の凉乃絵が世話になった薬師寺家の女性医療従事者にたどり着く。よくよく話を聞けば、母のこともこっそりと診ていると言うではないか。母が落ち着きを取り戻せたのが彼女のお陰なのだとしたら。
何故もっと早く、女性も医師免許を取得できるようにしておかなかったのか、と苛立ちだけが募る。免許が無くては、どう誤魔化しても皇城で雇うことはできない。こそこそと隠れて診察してもらうなど、闇医師でもあるまいに。
薬師寺家は独自の教育法を確立して内輪の試験制度を作り、その試験に合格した女性医師を何人も抱えていて、法に触れぬ範囲で仕事をさせていた。
どうしても男には理解してやれぬ不調がありますのでな、と面談した薬師寺の当主は穏やかに笑った。優秀な医師である当主にも、理解してやれぬ不調がある。男は決して妊娠できぬのだし、月のものも、訪れることはない。
その時に説明された内容は、腹の中で命を育てることの大変さと体の変化、精神の不調が起こることへの考察であった。妊娠出産を体験した女性研究者がまとめたそれは、妊娠は病気ではないけれども、健康体の時と同じでもなく、下手をすれば命を失う危険性もあるのだから、些細な変化も見逃さぬよう、常よりも仔細な見守りが必要である、と綴られていた。
大変に分かりやすく納得していた所へ、緋色からの提案である。渡りに船と思うのも当たり前だ。
流石は我が右腕、と思わず歓声を上げかけたほどだ。
会議での自分を振り返れば、あれほどの冷静さを保っていたことを誉めてもらってもよいくらいだと思う。
「緋色はあのままで良いと私は思いますが」
父が驚いた顔を向けるのは、私が胸の内を明かしたと思ったからか。
「そうか」
短い返答は、どこかほっとした響きを持っていた。
そう。
緋色は、あのままで良い。
確かに、戦争終結に向けての行動は私の許容範囲を超えていて酷く焦ったが、戦争を見事に終結させて帰ってきたのだから文句はない。責任を取るだの何だのとごねて城から出ていった事も、私にとっては休暇をあげただけにすぎない。上手く皇族にも戻したし、手も目も届く範囲に居住させることもできた。伴侶のことは納得していないが、私に子ができた以上、穏健派は緋色の子を望まぬから、しばらくはこれでいいのだろう。どうせあの子は長生きできぬ。
あの子を失った緋色を上手く宥めて、子飼いの、血筋も見映えも良い娘を側に置けば、やがて絆されてくれるだろう。
赤璃はまだ、皇妃ではなく皇太子妃である。いざとなれば、七条の家へ帰しても構わないのだが、赤璃の妊娠出産は、今回一度限りのこととはならない可能性が高い。
そして、次の妊娠出産時には皇妃となっているだろう。そうしたら、七条の家へ帰せなくなる。その時、城の医師共の心無い言葉によって、赤璃が母上のようになったらどうしてくれる?あれより私に相応しい伴侶などいないというのに。
妊娠してから、らしくなく不安定な様子を見せる赤璃を案じて、医師について調べてみれば。
五条の凉乃絵が世話になった薬師寺家の女性医療従事者にたどり着く。よくよく話を聞けば、母のこともこっそりと診ていると言うではないか。母が落ち着きを取り戻せたのが彼女のお陰なのだとしたら。
何故もっと早く、女性も医師免許を取得できるようにしておかなかったのか、と苛立ちだけが募る。免許が無くては、どう誤魔化しても皇城で雇うことはできない。こそこそと隠れて診察してもらうなど、闇医師でもあるまいに。
薬師寺家は独自の教育法を確立して内輪の試験制度を作り、その試験に合格した女性医師を何人も抱えていて、法に触れぬ範囲で仕事をさせていた。
どうしても男には理解してやれぬ不調がありますのでな、と面談した薬師寺の当主は穏やかに笑った。優秀な医師である当主にも、理解してやれぬ不調がある。男は決して妊娠できぬのだし、月のものも、訪れることはない。
その時に説明された内容は、腹の中で命を育てることの大変さと体の変化、精神の不調が起こることへの考察であった。妊娠出産を体験した女性研究者がまとめたそれは、妊娠は病気ではないけれども、健康体の時と同じでもなく、下手をすれば命を失う危険性もあるのだから、些細な変化も見逃さぬよう、常よりも仔細な見守りが必要である、と綴られていた。
大変に分かりやすく納得していた所へ、緋色からの提案である。渡りに船と思うのも当たり前だ。
流石は我が右腕、と思わず歓声を上げかけたほどだ。
会議での自分を振り返れば、あれほどの冷静さを保っていたことを誉めてもらってもよいくらいだと思う。
「緋色はあのままで良いと私は思いますが」
父が驚いた顔を向けるのは、私が胸の内を明かしたと思ったからか。
「そうか」
短い返答は、どこかほっとした響きを持っていた。
そう。
緋色は、あのままで良い。
確かに、戦争終結に向けての行動は私の許容範囲を超えていて酷く焦ったが、戦争を見事に終結させて帰ってきたのだから文句はない。責任を取るだの何だのとごねて城から出ていった事も、私にとっては休暇をあげただけにすぎない。上手く皇族にも戻したし、手も目も届く範囲に居住させることもできた。伴侶のことは納得していないが、私に子ができた以上、穏健派は緋色の子を望まぬから、しばらくはこれでいいのだろう。どうせあの子は長生きできぬ。
あの子を失った緋色を上手く宥めて、子飼いの、血筋も見映えも良い娘を側に置けば、やがて絆されてくれるだろう。
426
お気に入りに追加
5,083
あなたにおすすめの小説
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる