493 / 1,321
第五章 それは日々の話
143 後の祭り 朱実
しおりを挟む
「朱実」
父に呼び止められるなんて珍しいこともあるものだ。振り返ると、いつになく厳しい顔の皇帝陛下が目に入った。
導かれるままに父の執務室へ向かえば、性急に人払いをされる。ソファに腰掛け、言葉を待った。父が、すぐに口を開かないのを訝しく思っていると、少しして、茶を持った侍従がやって来る。
ああ、そうだった。
人払いをした後で茶が来る、という行程は無駄ではないか、と思うのだが、長年染み付いた習慣は消えまい。自分の代で失くしていけばいいことだ、と気持ちを飲み込む。どうせ、もうすぐだ。
侍従が頭を下げて部屋を出ていくまでたっぷりと待ってから、父が口を開いた。
「朱実。此度の会議、感心しない」
「父上は、緋色の提案に反対ですか?」
感心しない部分はそこではないだろう、と分かっていて敢えて聞く。はあ、と父の溜め息が聞こえた。
「そうではない。お前の進め方が強引だったと言っている」
では、会議中に言えばいいではないか、と思うのだが、会議で父が意見を述べることは、ない。皇帝が言えば、それが決定になってしまうから、発言は控えましょうと習った通りに。それも、ずっと口をつぐんでいろという意味ではないのに。
「今回の案には全面的に賛成でしたので、私も賛成していると主張したまでですが」
「主張し過ぎていると感じた。その場で決定してしまうなど」
「提案されたものが過半数の賛成を得ているというのに、一月待つ必要性がどこにありますか?」
「全員一致でない限り、もう一度考える、というのが通例だ」
通例。暗黙の了解。
つまり、どこにもそんな規定はないわけだ。
「過半数の賛成を得て、反対派の意見が、提案との直接の関連性を見出だせない場合、そのまま可決できたものと記憶しております」
む、と父は一度、口をつぐんだ。ここまでが、父にしては饒舌で滑らか過ぎたのだ。私は、のんびりと茶の蓋を開けて口に運んだ。
納得できていないとしても、私には関係ない。私に手落ちはないのだから、その気持ちは、あなたが解決しなくてはならないものであって、私に当たるのは筋違いだ。
「……提案との直接の関連性を見いだせない、というのが、ひどく曖昧だろう?」
「ええ、そうですね」
「判断する者の主観に頼るような記述を持ち出すのは、施政者として正しくない」
「ええ、そうですね」
けれど私は、会議の場で、それを理由とはしていない。
はああ、とまた、父の溜め息。
「もっと穏やかに……。お前ならできるだろうに……」
父に呼び止められるなんて珍しいこともあるものだ。振り返ると、いつになく厳しい顔の皇帝陛下が目に入った。
導かれるままに父の執務室へ向かえば、性急に人払いをされる。ソファに腰掛け、言葉を待った。父が、すぐに口を開かないのを訝しく思っていると、少しして、茶を持った侍従がやって来る。
ああ、そうだった。
人払いをした後で茶が来る、という行程は無駄ではないか、と思うのだが、長年染み付いた習慣は消えまい。自分の代で失くしていけばいいことだ、と気持ちを飲み込む。どうせ、もうすぐだ。
侍従が頭を下げて部屋を出ていくまでたっぷりと待ってから、父が口を開いた。
「朱実。此度の会議、感心しない」
「父上は、緋色の提案に反対ですか?」
感心しない部分はそこではないだろう、と分かっていて敢えて聞く。はあ、と父の溜め息が聞こえた。
「そうではない。お前の進め方が強引だったと言っている」
では、会議中に言えばいいではないか、と思うのだが、会議で父が意見を述べることは、ない。皇帝が言えば、それが決定になってしまうから、発言は控えましょうと習った通りに。それも、ずっと口をつぐんでいろという意味ではないのに。
「今回の案には全面的に賛成でしたので、私も賛成していると主張したまでですが」
「主張し過ぎていると感じた。その場で決定してしまうなど」
「提案されたものが過半数の賛成を得ているというのに、一月待つ必要性がどこにありますか?」
「全員一致でない限り、もう一度考える、というのが通例だ」
通例。暗黙の了解。
つまり、どこにもそんな規定はないわけだ。
「過半数の賛成を得て、反対派の意見が、提案との直接の関連性を見出だせない場合、そのまま可決できたものと記憶しております」
む、と父は一度、口をつぐんだ。ここまでが、父にしては饒舌で滑らか過ぎたのだ。私は、のんびりと茶の蓋を開けて口に運んだ。
納得できていないとしても、私には関係ない。私に手落ちはないのだから、その気持ちは、あなたが解決しなくてはならないものであって、私に当たるのは筋違いだ。
「……提案との直接の関連性を見いだせない、というのが、ひどく曖昧だろう?」
「ええ、そうですね」
「判断する者の主観に頼るような記述を持ち出すのは、施政者として正しくない」
「ええ、そうですね」
けれど私は、会議の場で、それを理由とはしていない。
はああ、とまた、父の溜め息。
「もっと穏やかに……。お前ならできるだろうに……」
406
お気に入りに追加
5,083
あなたにおすすめの小説
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる