【完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

131 増えた宝物  成人

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「うーん……」 

 それでも、俺が描いた絵をあげるなら上手なのをあげたいし、本当は俺のなんかいらなくて、緋色ひいろが描いた絵をあげたいだけだから……。

「私は、このはみ出してしまった絵も、常陸丸ひたちまるは元気な子どもだった、って思い出せて楽しいんだ」

 絵を描いた時の、常陸丸ひたちまる

「お兄ちゃん達に憧れて、何でも真似をしたがった力丸りきまるのことも、絵を見たら思い出すよ。結局、上手くできなくていつも泣いてしまってたんだけどね」
力丸りきまる、泣くの?」
「そうだよ。すぐ、怒って泣くの。同じようにしたい、できるはずって」
「ふふふ」

 俺の頭の中で、末良すえよしみたいな姿の力丸りきまるが、悔しいって泣き出した。

「ふふ。ふふふふ」

 笑いが止まらなくなった俺を青葉あおばが優しく見ている。

「そういうのも、この絵を見てたら思い出すんだよ。だから、消すって言わないで欲しいな。手直しもいらない、本人が上手って思えてなくてもいい。今のなるちゃんにできることを見せて欲しい」

 ちっとも上手じゃない、とこれを消したがっている俺は、何にもできてないんだけど。

「十年後に見る約束をしたでしょう?」
「あれは……」

 昨日描いた緋色ひいろの顔は、置いておいてもいいかな、と思えたから。あ、でも、眉毛がないんだった。

「うー。ううー」
「分かった。これは、日付けと名前を書いて置いておくから、なるちゃんが納得できたら、皇妃殿下に渡してあげようね」

 とりあえず、そのまま渡さないのなら、今はそれでいいか。
 でも、そうしたら雫石しずく母さまは、ずっと絵を貰えないままじゃない?折角、緋色ひいろが描いてくれたのに。
 ぐるぐると頭の中で考えながら、机の上に並んだたくさんの絵を見て、人の顔を描いた。絵と、目の前で優しく俺を見ている青葉あおばを見比べていると、なかなか上手な青葉あおばの顔が出来上がる。

「あれ?」
「ん?」

 顔を見ながら描いたら、すごく描きやすいんだな。雫石しずく母さまの顔も、見ながら描く方がいいのかもしれない。たまにしか会わないから、似た顔に描けないのかも。

「俺、母さまのとこに緋色ひいろと行って、お顔を描きたいって言おうかな」

 青葉あおばはいいね、とも、もう少し考えてみたら?とも言わなかった。
 ただ、俺の今描いた絵を嬉しそうに眺めている。

「あ。あの、それ、青葉あおば……」

 緋色ひいろの絵みたいに分かりやすくはないけれど、乙羽おとわの絵よりは分かるかな、と思うんだよ。

「うふふー」

 青葉あおばは嬉しそうに、絵の上の方のすき間をとんとんと指差した。
 あ、誰を描いたか書くんだっけ?
 あおば、と俺が書くのを待って、今度は下の空白を指差す。成人って書いたら、顔全部で笑ってるみたいにして両手を差し出した。

「あ、えと、どうぞ」
「ありがとう」

 右手で絵を持ち上げて青葉あおばの手に渡す。青葉あおばは両手で丁寧に受け取って、またじっと見ている。

「ありがとう、なるちゃん。また私の宝物が増えた。すごくすごく嬉しいよ!」

 嬉しい、のか。
 こんなに喜んでくれるのか。
 俺の描いた、そんな絵でいいのか。
 喜んで受け取ってもらえたのがすごく嬉しくて、青葉あおばとおんなじくらいにこにこしてしまう。笑いすぎて、頬っぺたが疲れるくらいに。
 そうして、これを破った母さまと、破られてしまった緋色ひいろのことを考えた。
 悲しいな。
 嫌だな。
 母さまは一回、ちゃんと緋色ひいろにごめんなさいってした方がいい、と思った。
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