【完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
467 / 1,321
第五章 それは日々の話

117 免許の笑い話  成人

しおりを挟む
「五条の元当主も、ずいぶん楽しそうに通っていたな」

 緋色ひいろが、くつくつと笑いながら口を挟む。

「ええ、とても助かりました。もう本当に、驚くようなことばかりでしたから。座学の後の筆記試験が不合格と告げられた後、間違えた問題を知りたいから答案を返して欲しいと言ったら、無くしたと言われまして。では点数は?と聞いたら、答案を無くしたから分からない、と」
「は、ははははは」
「うわあ。雑だなあ」

 緋色ひいろが大笑いして、常陸丸ひたちまるが呆れたように言った。

「でしょう?筆記試験なんて、はっきり証拠が残るものに不正のしようもないだろうと思っていたら、不合格と告げて終わりにしようとするんですよ。呆れて、開いた口が塞がりませんでした」
「で?どうなったんだ?」
「ふふ。凉乃絵すずのえさまにも同じように告げたものですから、五条さまが探せ、と命じられました」
「出てきたのか?」
「ええ。だって、筆記試験は選択問題ですし、結果は一時間もしないうちに出るのですよ?実技の練習の予約を入れて帰る方が多いのですから、同じように試験を受けた方はほとんど残って待っておりました。実際は、無くす時間も無かったようです」
「ぶっ」

 睦峯むつみねが吹き出した。笑いながら青葉あおばに声をかける。

「お二人の答案だけ、無くしたと言ったんですか?」
「はい!」

 あはははははは、と部屋の中が笑い声で溢れる。真面目に書類と向き合っていた三郎さぶろうも、控えめに笑ってる。

「二人とも満点でした」
「で?」

 緋色ひいろが続きを促す。

「あの五条さまが、額に青筋を立てていらっしゃったので後のことはお任せ致しまして、合格の通知はしっかりと頂き、運転実技の練習へと移りました」
「成る程なあ。今は笑い話だが、これが慣例だったかと思うと笑えんな」
「実技も、五条さまが後ろ座席に付き添いで乗ってくださった時しか合格しませんでしたよ」
「そうか……。これからどんどん女性も免許を取りに行けと言うには、見張りの人手が足りんか……」
「知り合いに入学希望者はたくさんおりますので、大勢で一斉に行ってみればどうでしょう。不正のしようが無くなるかもしれませんよ?」
「ああ。声をかけてみてくれ。あきらかな不正には、学校側に罰金を払わせるような法を作ろう」
「失礼致します」

 じいやが姿を現し、頭を下げながら口を挟んだ。

「うちの者をその学校へ通わせてもよろしいでしょうか」
「おお、もちろん。業務の合間に行ってきたらいい。ははは。これはいいぞ。一ノ瀬いちのせ相手にどう出るか見ものだな」
「いや。殿下には申し訳ございませんが、学校側の糾弾のためではなく、単純に良い案だと思ったまで。車の運転ができる者が増えれば、更に仕事がしやすくなります。半分もの人間を最初から除外していたとは、なんと勿体ないことを。何故、今まで思い付かなかったのか、不思議なくらいです」
「先入観ってのは厄介だ。俺も戦場で、誰より手際の良い医者だった生松いくまつに医師の免許が無いことを知った時は驚いた。城で、うちの広末ひろすえが厨房に入れないなんて馬鹿馬鹿しい事態が起こった時に、名字が無いと試験も受けられないなんてとんでもない損失だと、ようやく気付いたからな」
「そういえば、医師や調理師も女性がいませんね」
「確かに……」

 難しい話をしてる。
 でも、皆楽しそうで、何かが良いようになっていこうとしているんだということは分かった。
 いいな。
 俺もいつか、車の運転免許を取りたいな。
しおりを挟む
感想 2,394

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

処理中です...