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第五章 それは日々の話
110 お気に入りの意味 成人
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「では、美容液をお選び頂きましょう」
瓶の並んだワゴンの上から、色んな匂いがふわふわと立ち上っていた。少しずつだけど量が多いし、混じるとやっぱりあんまり得意じゃない。
近くに寄ると駄目だな。
「俺ぇ、ひと休みする」
逃げ出すほどじゃないけど、離れててもいいかなあ。
「立ちっぱなしでしたね。椅子もお持ちいたしませず、申し訳ございません」
「んーん」
違う違う。作業を見るときは立ってていいの。見やすいから。
「こちらへ」
雫石母さまの髪の毛を綺麗にしてくれていた女の人が、すぐ横の扉を開けて座れる部屋に案内してくれた。ここは、食堂だった時に壱臣が寝泊まりしていた部屋じゃないかな。
調理場の横に、休憩や着替えができる部屋があったから、そこで寝泊まりできて助かったんやって言ってたことがある。
ふかふかの絨毯が敷かれ、立派なソファと机が置かれて、のんびりしながらお話ができるようになっている居心地の良い部屋。狭いけれど、お買い物のお話をするだけなら充分な広さ。大人の男の人である壱臣が暮らすには、だいぶ狭いようだけれど。
屋根と壁があって、荷物を置いておけたらもう充分なんよ。あそこは布団も置けたし、ええとこやったで。
壱臣のええとこが、こうしてまた綺麗に使ってもらえて良かったな。
ソファに座ると、疲れていたことに気付いた。思ってたより体力が無くなっているのかもしれない。お出かけも久しぶりだし。
女の人が温かいお茶を置いてくれたので、ありがとう、とお礼を言って、蓋を外す。うーん。湯気が上がるねえ。湯飲みに右手を当てると、指先がじんじんと温まった。
店に入るまで、手袋もマフラーもして分厚いポンチョも着てたし、この店の中はとても暖かいのに、それでも冷える指先が嫌になる。大丈夫。今日は寒いって一回も思ってない。
お茶をふーふーしてたら、母さまの声が聞こえてきた。
「どれも素敵ね。店主のお薦めをお聞きしたい所だけれど……」
「私が、これが良いと言うてしまうと、特定の職人を贔屓したことになることをご心配なさってるんですね。今は他に人も置いておりませんので、私の気に入りを申し上げることはできます。やけど、皇妃殿下にはもう、お気に入りの香りがおありなんではないですか?」
「まあ……」
「すみません。差し出がましいことを。けど、身に纏うことで幸せな心地になって欲しい思て売っとりますんで、使用される方が納得のいく香りこそが一番のお薦めやと私は思います」
「……どの香りが私の気に入りか、私が分かっていなくても?」
「はい。言うてください。きっと探してみせます」
自分のお気に入りの香りがどれか分からないけど、それが欲しいの?
「あのね。この間、緋色さんがお土産に買ってきてくれたのと同じ物が欲しいの。でも、ここにある品の匂いを嗅いでも、どれがそれか分からなくて」
「ああ!それなら、帳簿がございます。幾つか購入されたので揃えますね。お待ちください」
「ありがとう。緋色さんが、私のために選んで買ってくれたことが嬉しくて……」
そうか!
好きな人が自分のことを考えながら選んでくれたプレゼントなんて、お気に入りになるに決まってるよね!
だから雫石母さまは、この店が開くのをとても楽しみにしてたのか。
近くに店を作ってくれて、本当に良かった。
瓶の並んだワゴンの上から、色んな匂いがふわふわと立ち上っていた。少しずつだけど量が多いし、混じるとやっぱりあんまり得意じゃない。
近くに寄ると駄目だな。
「俺ぇ、ひと休みする」
逃げ出すほどじゃないけど、離れててもいいかなあ。
「立ちっぱなしでしたね。椅子もお持ちいたしませず、申し訳ございません」
「んーん」
違う違う。作業を見るときは立ってていいの。見やすいから。
「こちらへ」
雫石母さまの髪の毛を綺麗にしてくれていた女の人が、すぐ横の扉を開けて座れる部屋に案内してくれた。ここは、食堂だった時に壱臣が寝泊まりしていた部屋じゃないかな。
調理場の横に、休憩や着替えができる部屋があったから、そこで寝泊まりできて助かったんやって言ってたことがある。
ふかふかの絨毯が敷かれ、立派なソファと机が置かれて、のんびりしながらお話ができるようになっている居心地の良い部屋。狭いけれど、お買い物のお話をするだけなら充分な広さ。大人の男の人である壱臣が暮らすには、だいぶ狭いようだけれど。
屋根と壁があって、荷物を置いておけたらもう充分なんよ。あそこは布団も置けたし、ええとこやったで。
壱臣のええとこが、こうしてまた綺麗に使ってもらえて良かったな。
ソファに座ると、疲れていたことに気付いた。思ってたより体力が無くなっているのかもしれない。お出かけも久しぶりだし。
女の人が温かいお茶を置いてくれたので、ありがとう、とお礼を言って、蓋を外す。うーん。湯気が上がるねえ。湯飲みに右手を当てると、指先がじんじんと温まった。
店に入るまで、手袋もマフラーもして分厚いポンチョも着てたし、この店の中はとても暖かいのに、それでも冷える指先が嫌になる。大丈夫。今日は寒いって一回も思ってない。
お茶をふーふーしてたら、母さまの声が聞こえてきた。
「どれも素敵ね。店主のお薦めをお聞きしたい所だけれど……」
「私が、これが良いと言うてしまうと、特定の職人を贔屓したことになることをご心配なさってるんですね。今は他に人も置いておりませんので、私の気に入りを申し上げることはできます。やけど、皇妃殿下にはもう、お気に入りの香りがおありなんではないですか?」
「まあ……」
「すみません。差し出がましいことを。けど、身に纏うことで幸せな心地になって欲しい思て売っとりますんで、使用される方が納得のいく香りこそが一番のお薦めやと私は思います」
「……どの香りが私の気に入りか、私が分かっていなくても?」
「はい。言うてください。きっと探してみせます」
自分のお気に入りの香りがどれか分からないけど、それが欲しいの?
「あのね。この間、緋色さんがお土産に買ってきてくれたのと同じ物が欲しいの。でも、ここにある品の匂いを嗅いでも、どれがそれか分からなくて」
「ああ!それなら、帳簿がございます。幾つか購入されたので揃えますね。お待ちください」
「ありがとう。緋色さんが、私のために選んで買ってくれたことが嬉しくて……」
そうか!
好きな人が自分のことを考えながら選んでくれたプレゼントなんて、お気に入りになるに決まってるよね!
だから雫石母さまは、この店が開くのをとても楽しみにしてたのか。
近くに店を作ってくれて、本当に良かった。
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