人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

106 過保護ではない!  緋色

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「丈夫に造ってあるんじゃなかったのかよ」
「戦場で三年の野宿に耐えるのですから、そうでしょうね」
「それが何で、息をするように熱を出すんだ?」
「…………」

 たくさんの言葉や説明が頭の中を駆け巡っているのだろう顔で、しばらく口をつぐんだ生松いくまつが俺の目を見ながら言ったのは、簡単な一言だった。

「薬切れ、ということでしょうか」
「薬切れ……」

 くそっ。
 分かりやすかったよ。
 腹が立つほどにな。
 造られているのだから定期的な手入れが必要で、その道具が無いってことか。

「それほど、悲観する状況ではないと思うんです」
「あ?」
「赤ん坊、からやり直しているのだと思えば……」
「はあ?」
「子どもというのは、割りとすぐに発熱したり体調を崩したりするでしょう?あれは、外界からの様々な病原菌に体が対抗したり、脳を目一杯使用して考えすぎて、頭が休みを必要としていたりといった自衛のためのものだと考えられています。人間はそういった過程を経て、だんだんと体調を崩すことが少なくなっていくのだとして、成人なるひとはその過程を飛ばして成長させられたのでしょう」
「薬で?」
「推測ですが、たぶん」
「で、薬が切れたから、その過程が今始まったと」
「はい」

 ふー、と大きな溜め息が出た。
 それにしても、弱くないか?こんなに冬の間中、体調を崩してたら、赤ん坊なんてぽっくりいっちまうぞ。

「禁断症状が出るでもなく、内臓の動きが鈍くなるでもない。普通に過ごせているのは、奇跡的です。……とても、運が良かったのか、帝国の人体に関する研究がかなり進んでいた証なのか……」
「あれで、状態はいいのか?」
「かなり。以前より、しっかり内臓が動いています。薬が抜けて、きちんと動き始めたのかもしれませんね。よく食べられるようになってきたでしょう?」
「…………」

 うーん。
 そうか?
 食べてるか?うん。前よりは食べてるな。吐くことは無くなったな。

「普通は、強い薬を使用していたら、その薬が切れたときに薬を体が欲して、酷い禁断症状が表れたりするのです。成人なるひとは、左腕や左目を失ったり、足を撃たれて手当てしたり、頭の手術をしたりしている間に禁断症状が同時に出ていたのかもしれませんね。あまりに治療が必要な状況が多すぎて判断が難しいのですが、今の体の様子を見るに、薬切れの症状は乗り越えていますよ」

 だから、以前より良い状態、なのか。

「赤ん坊なら自分で動けないから、冬の間はなるべく外出しなければいいだけの話なんですが、成人なるひとは動けるから厄介ですねえ」

 やっぱり閉じ込め作戦は当たってたじゃないか!どいつもこいつも、俺のことを過保護だ何だと言いやがって、外出したがる成人なるひとの味方ばかりしやがる。結局、寝込むってのに。

「皇都は、冬は気温が下がりますからねえ。帝国より格段に寒いのも、苦手なんでしょう」
「暑かったな、戦場あそこは……」
「ええ……」

 今も鮮明に思い出す。
 血と硝煙と焦げた肉の臭い。
 あいつを拾った場所。

「……美容液を買いに行ったのでしたっけ?」
「ああ」
「きっと、良い香りを纏って帰ってきますね」
「そうだな」

 いい匂い、とうっとりする顔が思い浮かんで、戦場の臭いが薄れていく。
 帰ってきたら、良い香りに包まれて一緒に昼寝をすることにしよう。
 そうしよう。
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