【完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

92 プレゼントの意義  緋色

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 大満足で豚カツ屋を出る。少し、成人なるひとに油ものを食べさせ過ぎたかもしれないが、今のところ体調が悪そうな様子は見られない。機嫌も良いし、もう少しデパートを楽しんで帰ろう。

「他に見たいものがあるか?」
「んー。三郎さぶろうのプレゼント」
「ああ。あいつも十月か」

 感情の動きの少ないあの新入りのことは、まだよく分からない。はじめは、人質として手元に置いた。ずいぶんと大人しくて、拍子抜けしたものだ。本人の諦めが早すぎ、可愛がっているように見えた母親も、いざとなれば我が身のことしか考えていなかった。人質としての価値はないのじゃないか、と朱実あけみに報告したほどだ。
 母を、祖父を、家門の者を捕らえられ、名を奪われ、父と思っていた者が父ではなかった事実を告げられ、生まれ育った城にはいられなくなった。だがその間、大きな感情の揺らぎは見せなかった。感情を表に容易く表さないように育てられているにしても、あまりに平静でこちらが戸惑うほどだ。
 一番はじめの日、何も分かっていない母を止めるために必死で溢した涙。そして、壱臣いちおみを害したのが幼い自分だと知った日の涙。はっきりと見せたのはそれだけ。
 分かっているのは、仕事を与えると喜ぶこと。休むのが下手なこと。
 ほとんど何も、持っていないこと。

「ペンでもやるかな……」
「いいですね。俺から渡します」

 俺の呟きに、常陸丸ひたちまるが反応した。書類仕事をする上で欠かせないものだし、何一つ自分のものが無いあの机に、名前入りのペンがあるのは悪くない。

「名入りにしろ」
三郎さぶろうって?」
「もちろん」

 デパートなら、上等なペンが幾らでも置いてあるだろう。名入れ職人も常駐している。ついでに、成人なるひとの名前入りのペンも作ってやるかな。普段は鉛筆ばかりだが、ペンも一本あってもいい。
 文具屋に向かっていると、ある店の前で足を止めた成人なるひとが、これにする、と言った。
 髪の毛の装飾品を扱う専門店のようだ。櫛やブラシ、髪を止めるためのピンや、かんざし、ゴムひもや飾り紐が、目に鮮やかな色合いで並んだ、小さな店。
 成人なるひとは、見事な装飾が施してある櫛を一つ手に持って、値札を見た。

「デパート、高い……」

 ぼそっと呟いて、しばらく他の櫛と見比べていたが、初めに手にした櫛が、とにかく気に入ったらしい。

「俺と二人から、ということにするか?」

 んー、としばらく悩んで、大丈夫、と顔を上げた。

三郎さぶろうは、髪の毛が大事だから」
「そうだな」

 会計所に向かう背中を頼もしく見守る。よく人を見ているな。
 三郎さぶろうが、髪の毛をまた大切にすることで、少しずつ元気になるといい。
 それが、成人なるひとの願いなのだろうから。
 
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