【完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

91 共に過ごした時間が目に見えた  緋色

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 豚カツは、旨かった。ものすごく好みの料理だった。これは、離宮いえでも作って貰えるようにお願いしよう。
 常陸丸ひたちまるも同じ感想だったらしく、一口食べて、うまっ、と呟いた後は、もくもくと食べていた。
 乙羽おとわ成人なるひとも、海老!と喜んで、一生懸命食べていたし、キャベツの千切りに色々な味のソースをかけて楽しんでいた。そういえば、うちの料理は、火を通してあるものがほとんどだ。生より量が取れるし、お腹に優しいらしい。この二人のための献立は、優しい味がして油が少な目だから、たまにこういう品を食べると刺激があって、旨い、と強く感じるのかもしれない。もちろん、普段のうちの食事に、不満は一切無いが。

「この、ごまだれってのが好き」
「俺も」

 二人が気に入ったソースは、ごまの風味がして甘酸っぱい、こっくりとした味のものだ。酸味が少なくて甘味が強いところが好みなのかもしれない。俺は、玉ねぎだれが気に入った。ぽん酢に、玉ねぎを炒めて甘味を出してから入れたもの、かな。常陸丸ひたちまるも、玉ねぎだれをかけている。

「ヒレってのが少し軟らか目なんですね。乙羽おとわ、食べてみるか?」
「うん」

 躊躇いなく、あ、と小さな口が開く。食べやすく切ってあるヒレカツのひとかけを、更に小さくした常陸丸ひたちまるが、自然な仕草でその口に運んだ。
 ん、ん、ん、と頑張って噛んだ乙羽おとわが、美味しい、と笑った所で隣を向くと、成人なるひとがわくわくとこちらを見ている。

「食べるか?」

 乙羽おとわより咀嚼する力が弱いので、少々心配な硬さだが、何でも食べてみたいと思うようになったのは、いいことだな。
 うんうんと頷いて開いた口に、小さなヒレカツを運ぶ。
 ぱくりと咥えて、美味しそうに目を細めた。俺にはとても軟らかい肉だが、成人なるひとにはやはり少し硬かったようで、一生懸命噛んでいる様子をはらはらと見守る。

「殿下も上手になりましたね」
「ん?」
「食べさせるのが」

 常陸丸ひたちまるがまた、ヒレカツを小さくして乙羽おとわに渡しながら言った。
 まあ、確かに。最初の頃は、なかなか難しかった。力丸りきまるが上手に食べさせている様子に、腹が立ったものだ。世話をされることはあっても、誰かを世話する機会なんてない。末っ子だし。……力丸りきまるのやつ、何で世話が上手なんだ?同じ末っ子のくせに。
 泉門院せんもんいん家は一族で世話焼きだから、引退した当主たちが武術道場を開いていたな。人の出入りが多く、世話の必要な人間の相手をするのもお手のものってことか。
 
「美味しかった」

 やっと小さなヒレカツを飲み込んだらしい成人なるひとが、にこっと笑って味噌汁をふーふーし始める。顎が疲れたか。しばらく味噌汁だな。
 成人なるひと以外の人間の世話をしようなんて小指の先ほども思わないので、練習もくそもない。上手になったのだとしたら、それは、成人なるひとと共にいた時間が積み重なったということだ。
 それは、なかなかいいな。

緋色ひいろ、美味しい?」

 余程、緩んだ顔をしていたらしい。勘違いした成人なるひとに、ああ、と頷く。
 お前と食べるご飯は、いつだって美味しいぞ。
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