【完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
419 / 1,321
第五章 それは日々の話

69 幸せな休日  緋色

しおりを挟む
 いつもの面子で、動物園へと向かう。生松いくまつの許可は、あっさりと下りた。

「まだ寒さが本格的になる前に、楽しんで来たら良いですよ」

 成人なるひとを丁寧に診察して、よし、と頷いた生松いくまつが言う。
 そういえば成人なるひとは、昨年の冬は、寒さに体調を崩しまくったな。
 皇都は、帝国よりかなり気温が低いことは分かっているつもりだったが、あんなに寒さに弱いとは思わなかった。それなりに分厚い服を着て出ているのに、外へ出かけると必ず熱を出した。
 本人も、いつも通りに、金魚に会いに行ったり、散歩したりしたい気持ちがあったので、もこもことたくさん着込んで出掛けていたのだが、どうにも体がついていかなかったらしい。
 皇都での最初の冬は、ほとんどベッドで過ごしていたので、寒さに弱いとも気付かなかったし、耐性もつかなかったのだろう。寒がりってのは、いつまでも寒がりだしな。俺は、小さい頃から暑いのが苦手だ。今も苦手だから、成人なるひともいつまでも寒さは苦手なままだろう。気をつけてやらないと。
 もうすぐ、三回目の冬が来るのか……。
 眠い頭で、隣に座る成人なるひとをぼんやりと見る。
 一日は、毎週決まっている休みの日だが、もう一日は特別に休んで、二日間の休みを取っての泊まり旅行なので、時間に余裕はない。朝早くに起きて出発することになったが、まだ眠い。
 まあ、着く頃までには目が覚めるだろう、と車の中で寝ておくことにした。興奮して早起きだった成人なるひとも、自分の膝の上に頭を置かせて、ぽんぽんと背中を叩く。少しでも休んで、いっぱい遊ぼうな。

「着いたぞ」

 常陸丸ひたちまるの声に、成人なるひとが膝の上からがばっと起き上がる。車の移動が苦手な乙羽おとわ常陸丸ひたちまるの膝で寝ていただろう。成人なるひとが苦手だからとラジオの音すらない車内は、随分と静かだった。

「じいや、ありがとう」

 寝起きのいい成人なるひとが、運転席の荘重むらしげに声を掛けて、車内では脱いでいた上着を着る。俺の上着も、生地の厚みを変えて、似たデザインにしてもらったから、成人なるひとの好きなお揃いになっている。
 早く行こう、と引っ張られて、ぐうと伸びをした。
 どうせ入場してすぐ、ぞうの前で止まるんだけどな。   
 車の荷物入れから、背もたれ付きの大きめのパイプ椅子を二脚取り出して手に持つと、常陸丸ひたちまるが横から手を出して受け取ってくれながら、けらけらと笑う。

「動物園の持ち物に見えねえ」
「お前達はいらないのか」
「俺たちは、結構色んなとこ見て回るんですよ。俺は、乙羽おとわ抱いて立ちっぱなしでも平気ですしね」

 護衛ってのは、じっと立ってることが多いから、そういうのは得意なのか。

「そのうち、机もいるかもな」
「ぞうだけで、一日終わっちまう」
「それでもいいさ。成人なるひとがいいなら」
「ま、それもそうっすね」

 常陸丸ひたちまるとは、六歳で初めて会った日から気が合ったが、乙羽おとわへの思いの強さだけは、正直、理解できる気がしなかった。自分より優先する他の存在、なんてものが本当にあるのか?と思っていた。
 今ではどうだ。
 成人なるひとのことばかり考えて、成人なるひとが楽しいように、嬉しいようにと気を配る。成人なるひとが嬉しそうにしていると、俺も嬉しい。
 俺たちは、どこまでも似た者同士だったようだ。
 手を繋いだ小さな二人が、動物園の門へ向かって歩きながら、早くー、と振り返る。
 今日も、幸せな一日が始まる。
しおりを挟む
感想 2,394

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

処理中です...