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第五章 それは日々の話
46 優しい場所 三郎
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「着替えたかー。飯行くぞ」
来なかったら迎えに来る、とか言っとったのに、当たり前のように力丸さまは迎えに来た。
この人は、ほんまに……。
思わず溜め息を吐きそうになる。誰にも心を傾けたらあかん、という決心が早くも崩れそうや。
朝食の時間やから、離宮に部屋をもらって住み込んでいる使用人が、廊下を行き交う。足音や物音をあまり立てない使用人たち。少人数でもしっかりと仕事をこなす、躾の行き届いた者ばかりだ。
そこまで考えてから、苦笑する。馬鹿馬鹿しい。底辺の人間が考えることやない。ここは、皇子殿下のお城。自分だけが躾の行き届いていない使用人なのだ。挨拶だけはきちんとしておかなくては。
「おはようございます」
「おはようございます」
水瀬さんと挨拶を交わしてから、ふと気になって呼び止める。
「昨夜はお騒がせして、申し訳ございません」
「いいえ。問題ありません。三郎は大丈夫ですか?」
あまり表情は変わらないけれど、心配してくれているらしい。昨夜に姿を見た覚えはないけれど、あれだけの騒ぎや。きっと起きてどこかで見ていたんやろう。
「はい」
大丈夫か、大丈夫じゃないか、で言うと大丈夫じゃない。けど、それは誰にも言うてはあかん言葉。大丈夫だと言うこともできず、ただ頷く。
「俺は眠い」
「力丸さんには聞いてません」
「俺、実は今、悩み事が」
「たまには悩んでみるのもいいんじゃないですか」
「水瀬ちゃんが冷たい」
「相談にのってはいけない、と私の勘が告げているので」
二人の楽しい会話を聞きながら、三人で食堂へ向かう。
兄上は、今日も笑顔で厨房にいた。
昨夜、あんなことがあったし、半助と兄上の部屋の辺りが静かだったから、まだ寝ているのかと思っとったのに。
「おはよう」
いつものように、挨拶をしてくれるんや。
「おはようございます」
「おはよう。壱臣さん、大丈夫?」
「もちろんです。昨夜は、えろうお騒がせして申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる。
その原因は私やと、責めても構わないのに。
「いやー、眠いわ」
「壱臣さん、気にしないでください。力丸さんは、一日二日寝なくても大丈夫ですよ」
「なんで水瀬ちゃんがそれを言うの?」
「後でしっかり休んでくださいね。鼓与は今日はずっと厨房でいいよ」
水瀬さんは、力丸さまには知らん顔で、厨房の中に声をかけた。すでに厨房で忙しく働いていた鼓与さんが頷く。まだ、中学を出たばかりくらいの年の頃に見えるのに、しっかりしとるなあ。
村次さんが何かを持って運ぼうとするものを、片っ端から取り上げて運んでいる。
「こっちは心配なさそうだな」
力丸さまが、雨の日は調子が悪い、と言っていた人の中に村次さんが入っていたことを思い出した。
「人のことばかり見てないで、ご自分の悩みと向き合いなさいな」
軽口を叩き合う人。自然と手を貸し合う人。寝不足の顔で、それでも笑顔で挨拶をする人。
ここには、優しい人が溢れていて、住み心地が良くて、辛い……。
来なかったら迎えに来る、とか言っとったのに、当たり前のように力丸さまは迎えに来た。
この人は、ほんまに……。
思わず溜め息を吐きそうになる。誰にも心を傾けたらあかん、という決心が早くも崩れそうや。
朝食の時間やから、離宮に部屋をもらって住み込んでいる使用人が、廊下を行き交う。足音や物音をあまり立てない使用人たち。少人数でもしっかりと仕事をこなす、躾の行き届いた者ばかりだ。
そこまで考えてから、苦笑する。馬鹿馬鹿しい。底辺の人間が考えることやない。ここは、皇子殿下のお城。自分だけが躾の行き届いていない使用人なのだ。挨拶だけはきちんとしておかなくては。
「おはようございます」
「おはようございます」
水瀬さんと挨拶を交わしてから、ふと気になって呼び止める。
「昨夜はお騒がせして、申し訳ございません」
「いいえ。問題ありません。三郎は大丈夫ですか?」
あまり表情は変わらないけれど、心配してくれているらしい。昨夜に姿を見た覚えはないけれど、あれだけの騒ぎや。きっと起きてどこかで見ていたんやろう。
「はい」
大丈夫か、大丈夫じゃないか、で言うと大丈夫じゃない。けど、それは誰にも言うてはあかん言葉。大丈夫だと言うこともできず、ただ頷く。
「俺は眠い」
「力丸さんには聞いてません」
「俺、実は今、悩み事が」
「たまには悩んでみるのもいいんじゃないですか」
「水瀬ちゃんが冷たい」
「相談にのってはいけない、と私の勘が告げているので」
二人の楽しい会話を聞きながら、三人で食堂へ向かう。
兄上は、今日も笑顔で厨房にいた。
昨夜、あんなことがあったし、半助と兄上の部屋の辺りが静かだったから、まだ寝ているのかと思っとったのに。
「おはよう」
いつものように、挨拶をしてくれるんや。
「おはようございます」
「おはよう。壱臣さん、大丈夫?」
「もちろんです。昨夜は、えろうお騒がせして申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる。
その原因は私やと、責めても構わないのに。
「いやー、眠いわ」
「壱臣さん、気にしないでください。力丸さんは、一日二日寝なくても大丈夫ですよ」
「なんで水瀬ちゃんがそれを言うの?」
「後でしっかり休んでくださいね。鼓与は今日はずっと厨房でいいよ」
水瀬さんは、力丸さまには知らん顔で、厨房の中に声をかけた。すでに厨房で忙しく働いていた鼓与さんが頷く。まだ、中学を出たばかりくらいの年の頃に見えるのに、しっかりしとるなあ。
村次さんが何かを持って運ぼうとするものを、片っ端から取り上げて運んでいる。
「こっちは心配なさそうだな」
力丸さまが、雨の日は調子が悪い、と言っていた人の中に村次さんが入っていたことを思い出した。
「人のことばかり見てないで、ご自分の悩みと向き合いなさいな」
軽口を叩き合う人。自然と手を貸し合う人。寝不足の顔で、それでも笑顔で挨拶をする人。
ここには、優しい人が溢れていて、住み心地が良くて、辛い……。
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