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第五章 それは日々の話
17 治療 3 緋色
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「気持ちいいの好き。緋色とくっつくの好き。ちゅーも」
「好きなこと、いっぱいありますね」
いつの間にか話は、好きなこと、になっている。生松は気にした様子もなくそのまま、にこにこと先を促す。
「仕事するの好き。」
成人の嫌なことや、何故それが嫌なのかを聞いて、それらを取り除くための会話なのかと思っていたが、話は好きなことに移り、口も軽くなったようだ。成人は、もともと多弁じゃない。口がきけないふりを何日でも続けることができるし、聞いたことに答える形で話すことが多い。
成人の説明は、慣れない人間には分かりにくいようだ。
うちの者はすっかり慣れているが、最近加わった壱臣などはよく成人の話に首を傾げている。自分から話し出すということも少ない。まあ、だから多弁な力丸と気が合うのだろう。
「飴、ラムネ、ミックスジュース、金平糖、アイスクリーム」
話は、好きなものに移ったらしい。甘いもんばかりだな。
「茶碗蒸し、焼き海老、焼き」
こんなにたくさん話してるのは珍しい。少し興奮したように、頬に赤みが差している。
「金魚、ぞう、オルゴール、お布団」
「お布団」
息継ぎの合間に、生松が口を挟む。
「点滴をお布団の上でしたりしますけど、お布団は好きなままですか?」
「うん。気持ちいい」
「そう」
「緋色のお布団なら、好き」
「殿下のお布団……?」
「んーと、雫石さんのお布団も好き」
「ふむ。成人のお布団は?」
「え?」
「好きですか?」
「俺のお布団?」
「はい」
成人は首をひねっている。どういうことだ?
「え、と……。これ?」
悩んだ成人は俺の膝から下りて、自分の遊びの場所へ歩く。俺たちの部屋のその場所は、成人が本を読んだりパズルをしたりするために、毛足の短い絨毯を敷いて小さな本棚と小さな机と小さなソファ、もたれかかれるビーズクッションを置いた成人の秘密基地だ。
持てずにずるずると引っ張ってきたのは、大きなビーズクッション。
「俺のお布団?」
「……あ、いえ、それは違いますね」
ソファから立ち上がり、あれ?と首を傾げる成人からビーズクッションを取り上げて、元に戻す。抱き上げて、いつも二人で寝ている布団の側まで歩く。
「布団はこれだろ?」
と言えば、
「それは緋色の」
と返事が返ってきた。
俺たちの隣まで歩いてきた生松が難しい顔をしている。
「これは、お二人のお布団でしょう?」
「え?」
「え?」
もしかしてずっと、俺の布団を借りていると思っていたのか?
「そうなの?俺のお布団?」
母上の所の昼寝布団も、お前専用の物が置かれているんだが?確かにどれも、わざわざ成人の物だと言ってはいない。
「お布団を、貰ったことがない?」
こくこくと頷くのを見て、生松が呆然としている。
当たり前過ぎて、誰も言わなかったこと。成人には当たり前では無かったこと。
秘密基地を見る。
宝箱のオルゴール。大切な物を入れるために宝箱が必要だと、力丸が訴えた。だって、大事にしまっておきたい物ってあるじゃん? 成人の物って分かるように。
成人が、俺に隠したいものがあるのかと思ったのが表情に出たのを見咎めて、力丸は言った。
力丸は、持ってきた絵本に書いてある自分や常陸丸の名前を全て丁寧に消して、なるひと、と書き直していた。絵本をどこに持ち運ぶ訳でもない、もし落としたって成人に返ってくるだろう、と思っていたが、あれは、その絵本が成人の物だと示すために、とても有効だったのか。
学校で使う辞書にさ、兄上の名前が書いてあっても、落としたら俺の所に返ってくるよ? 兄上が卒業してて、もういないなら俺のじゃん? でもさ、そういうことじゃないんだよなあ。俺のだって思って持ちたいの。
力丸が言っていたことは正直、そんなに意味が分かっていなかった。
今、何となく分かった気がする。自分の物だと、認識することが大切なのか。
成人は服を着るときも必ず、これ俺の? と聞く。そうだ、というと嬉しそうに笑ってから着る。左袖が半分しか無い服なんだから、見たら分かるのに。
もしかして布団に関して、その小さな一言が無かった……?
「好きなこと、いっぱいありますね」
いつの間にか話は、好きなこと、になっている。生松は気にした様子もなくそのまま、にこにこと先を促す。
「仕事するの好き。」
成人の嫌なことや、何故それが嫌なのかを聞いて、それらを取り除くための会話なのかと思っていたが、話は好きなことに移り、口も軽くなったようだ。成人は、もともと多弁じゃない。口がきけないふりを何日でも続けることができるし、聞いたことに答える形で話すことが多い。
成人の説明は、慣れない人間には分かりにくいようだ。
うちの者はすっかり慣れているが、最近加わった壱臣などはよく成人の話に首を傾げている。自分から話し出すということも少ない。まあ、だから多弁な力丸と気が合うのだろう。
「飴、ラムネ、ミックスジュース、金平糖、アイスクリーム」
話は、好きなものに移ったらしい。甘いもんばかりだな。
「茶碗蒸し、焼き海老、焼き」
こんなにたくさん話してるのは珍しい。少し興奮したように、頬に赤みが差している。
「金魚、ぞう、オルゴール、お布団」
「お布団」
息継ぎの合間に、生松が口を挟む。
「点滴をお布団の上でしたりしますけど、お布団は好きなままですか?」
「うん。気持ちいい」
「そう」
「緋色のお布団なら、好き」
「殿下のお布団……?」
「んーと、雫石さんのお布団も好き」
「ふむ。成人のお布団は?」
「え?」
「好きですか?」
「俺のお布団?」
「はい」
成人は首をひねっている。どういうことだ?
「え、と……。これ?」
悩んだ成人は俺の膝から下りて、自分の遊びの場所へ歩く。俺たちの部屋のその場所は、成人が本を読んだりパズルをしたりするために、毛足の短い絨毯を敷いて小さな本棚と小さな机と小さなソファ、もたれかかれるビーズクッションを置いた成人の秘密基地だ。
持てずにずるずると引っ張ってきたのは、大きなビーズクッション。
「俺のお布団?」
「……あ、いえ、それは違いますね」
ソファから立ち上がり、あれ?と首を傾げる成人からビーズクッションを取り上げて、元に戻す。抱き上げて、いつも二人で寝ている布団の側まで歩く。
「布団はこれだろ?」
と言えば、
「それは緋色の」
と返事が返ってきた。
俺たちの隣まで歩いてきた生松が難しい顔をしている。
「これは、お二人のお布団でしょう?」
「え?」
「え?」
もしかしてずっと、俺の布団を借りていると思っていたのか?
「そうなの?俺のお布団?」
母上の所の昼寝布団も、お前専用の物が置かれているんだが?確かにどれも、わざわざ成人の物だと言ってはいない。
「お布団を、貰ったことがない?」
こくこくと頷くのを見て、生松が呆然としている。
当たり前過ぎて、誰も言わなかったこと。成人には当たり前では無かったこと。
秘密基地を見る。
宝箱のオルゴール。大切な物を入れるために宝箱が必要だと、力丸が訴えた。だって、大事にしまっておきたい物ってあるじゃん? 成人の物って分かるように。
成人が、俺に隠したいものがあるのかと思ったのが表情に出たのを見咎めて、力丸は言った。
力丸は、持ってきた絵本に書いてある自分や常陸丸の名前を全て丁寧に消して、なるひと、と書き直していた。絵本をどこに持ち運ぶ訳でもない、もし落としたって成人に返ってくるだろう、と思っていたが、あれは、その絵本が成人の物だと示すために、とても有効だったのか。
学校で使う辞書にさ、兄上の名前が書いてあっても、落としたら俺の所に返ってくるよ? 兄上が卒業してて、もういないなら俺のじゃん? でもさ、そういうことじゃないんだよなあ。俺のだって思って持ちたいの。
力丸が言っていたことは正直、そんなに意味が分かっていなかった。
今、何となく分かった気がする。自分の物だと、認識することが大切なのか。
成人は服を着るときも必ず、これ俺の? と聞く。そうだ、というと嬉しそうに笑ってから着る。左袖が半分しか無い服なんだから、見たら分かるのに。
もしかして布団に関して、その小さな一言が無かった……?
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