【完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
329 / 1,321
第四章 西からの迷い人

116 熱烈な愛の証  緋色

しおりを挟む
「衝立ての向こうですので、心配いりません。密閉した空間にはなりませんし、手入れの様子は隠れておりますのでご安心ください。」

 はい、と頷いて、うつ向いたまま案内されていく壱臣いちおみに、半助はんすけが付いていった。

「過保護だな。」
「うちにいるときより、半助はんすけがぴりぴりしてますね。この国でのこれまでの壱臣いちおみの扱いが透けて見えるようですよ。」
「うちでくつろげてるなら問題ない。あいつらの居場所は離宮だろ?」
「過保護ですね。」
「は?」

 俺が?馬鹿言うな。

「失礼致しました。改めまして、ご挨拶させて頂きます。店主の斑木まだらぎ行幸みゆきと申します。」
「ああ。世話になる。緋色ひいろだ。」

 目一杯目を見開いた店主が、ざっと膝を付いた。握った左こぶしの上に右手を重ねて持ち上げ、頭を下げるのを黙って受ける。

「大変なご無礼を致しました。」
「構わん。名乗らなかったし、分かりやすい格好もしていない。礼は受けた。もういいぞ。」
「殿下の護衛の泉門院せんもんいん常陸丸ひたちまるです。店主は、お忍びの殿下に自ら挨拶に来られた。その目は確かです。壱臣いちおみへの対応も好ましい。商品の説明を頼むよ。」

 常陸丸ひたちまるの言葉に息を吐いた店主が顔を上げる。

「本日は、どのようなお品をお探しでしょうか?」
弐角にかくの髪の香りを伴侶が気に入っていたから、購入して帰ろうかと思ってな。壱臣いちおみも、弐角にかくから一つ貰ってはしゃいでいたし。」
「使いさしやのに、あんな宝物のように喜ばれて、俺は申し訳なかったです。」

 弐角にかくはずっと、壱臣いちおみが案内されて手入れを受けている一画を見ている。

「あの、おみの髪を見たときは、父上にすら怒りを覚えました。何で、あんな状態でほっといたんかって。でも、俺が一番あかんのや……。一人だけぬくぬくと守られて、贅沢して……。」
「きっと伸ばし始めて余計にざんばらになったんでしょうねえ。もともとが無茶苦茶に切られていると、伸びてきた長さが揃わなくて、度々切り揃えないことには、乱れた印象を受けるものですから。……でも、やっと伸びてきた髪を切ることなんてできませんものね。」
「俺と同じので良ければ、おみの分は幾らでも買う。」
弐角にかくさま。それは、あきません。先ほど兄君の分を買うと仰った方がおられたでしょう?あの方が選んで渡されるんです。ここに連れて来られただけで、弐角にかくさまの役割りはおしまいですよ。」

 そうか、と弐角にかくが悔しそうに項垂れる。

「髪の美容液を渡すことに、何か意味があるのか?」
「ええ。家族以外の方が美容液を贈ると仰るのは、愛を告げることと同義にございます。もちろん、夫婦間でも伴侶に贈るのは、熱烈な愛の証ですよ。」

 俺の疑問に、店主がにこやかに答えた。
 ははあ。だから半助はんすけは、元の主家筋の弐角にかくの言葉を遮ってまで自分が買うと告げたのか。
 壱臣いちおみが赤くなっていたから、しっかりと意味は伝わっているらしい。

「このお部屋は、愛しい人に内緒で贈り物を購入したい富裕層の方が訪れるための部屋なのですよ。」

 成る程。家に商人を呼んで買うと、家族や使用人にすべて把握されるから内緒にできない訳か。

弐角にかくさまが内緒で購入なさるときは、是非こちらへ足をお運びくださいませ。」

 良い笑顔を見せた店主に弐角にかくがぐう、と変な声を上げて、才蔵さいぞうが顔を隠しながら、くつくつと肩を震わせていた。
しおりを挟む
感想 2,394

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

処理中です...