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第四章 西からの迷い人
107 帰ります 三郎
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父上……上様のあんな顔は初めて見る。滅多に会うことも無かったけど、いつも何の感情も読み取れない顔つきで、冷たい印象を受けていたのに。
涙を誤魔化すかのように、おどけて笑って明るい声を上げている。
「臣、角、今日は一緒に風呂に入って一緒に寝よう。」
「はあ?何言うてんの?子どもやないんやから。」
「え?うちは……、その、ええよ?」
上様が優しい声で話しかけて、兄上……壱臣さまは嬉しそうに答えている。弐角さまの返事はそっけない。
そうか。
三人はやっと、親子として話しとるんや。何を隠すこともなく、誰に憚ることもなく。
そうか。
自分の顔がうつ向いていくのが分かる。家族として過ごせなかった年月の長さ。きっと、私や母やお祖父様が奪ったものなんやろう。
そう思っているのに。
「三郎も、一緒に風呂に入ろか?一緒に寝るか?」
どうして、そんな言葉をかけてくれるんや?
「いえ、私は、その……。」
何とか言葉を絞り出す。
「嫌か?今日は四人でずっといたいんやけど、あかんか?」
上様の声は、弾むようで。
「ああ、嬉しいな。皆、生きとった。……悪夢は、終わったんや。」
涙声も混じって。
「良かったな、三郎。」
どうしたらええか分からずじっとしてたら、力丸さまが言った。
うつ向いたまま、頭を横に振る。
違う。
私は違うんや。
私はあちらで、罪を償わなあかん。
「もう少し食べろ。」
「プリンー。」
緋色殿下に成人さまの声が答える。
「あ、そろそろプリン持ってくるわ。」
兄上が立ち上がる。半助が当然のように寄り添う。片腕でプリンは運べないやろに。
「手伝うよ。」
力丸さまが身軽に立ち上がって、俺の腕も引いた。
「三郎、行こ。」
「あ、はい……。」
廊下に出ると、上様まで付いてくる。
「一緒に行ってええか?」
「父上に運んでもらうなんておそれ多いなあ。」
「いや、行くだけや。」
「役に立たんわあ。」
気安く答える兄上の笑い声。
こんなに人手はいらんのちゃう?
戸惑っていても、力丸さまは知らん顔で私を引っ張っていく。私や上様を半助が冷たい目で見とるんやけど……。
「半助、そう睨むな。私たちは皆、臣の料理の愛好者仲間やろ?」
「そうですか。」
突き放したような返事。
「よう守ってくれた。ありがとうな。ほんまに、ありがとうな。」
「当たり前のことをしただけです。」
「そやな。うん。そんでも、ありがとう。」
顔が溶けそうなほどにこにことしている上様に、半助は、ぷいとそっぽを向いた。兄上は厨房へ歩きながら、楽しそうにその様子を見ている。
「臣。この城で料理を作ってくれへんか?」
「すみません。うちがおらんと困るお人がおるから、帰らんと。」
迷いのない兄上の返事。
少し息を呑んだ上様は、そうか、帰るんか……と呟いた。
帰る。
そう、帰ると言った。兄上には、ここやない帰るとこがある。
「……三郎は、手伝いしてくれるか?」
「え?」
「書類仕事が得意やろ?よう勉強してたって聞いとるで。」
「…………。」
困ってうつ向く。
武芸に才は無い。せめて、努力で何とかなる仕事だけでもできればと、勉強をしてただけ。頑張れば、それなりに成績に反映されたから楽しかった。
今となっては頑張っていたことさえ、勉強する環境も、武芸を習う環境も奪われていた兄上に申し訳ない。
けど、父上が、いや上様が知っていてくれたのは嬉しい。
「え?お前、書類得意なの?やった!殿下に伝えとく。喜ぶぞー。」
力丸さまが私の手を握ったまま、明るく笑った。
「え?なに?」
「緋色殿下、書類仕事が苦手なんだよ。斎さんって人が手伝ってるんだけど、もう少し人手が欲しいって言ってた。斎さん体弱いのにすぐ無理するし、見張りもしてやって。いや、いい拾い物したなあ。」
それは、どういう……?
「帰ったら忙しくなるぞ。この旅行で羽伸ばしとけよー。」
帰ったら。
帰ったら?
そうか。この城に着いてすぐの時にも力丸さまは言うとった。
とっとと終わらせて、帰ろうぜ。
父上の顔は見れなかったけど、口は動いた。
「私も、帰ります。誕生日会があるんです。」
父上がまた息を呑んで、そうかー、と呟いた。
涙を誤魔化すかのように、おどけて笑って明るい声を上げている。
「臣、角、今日は一緒に風呂に入って一緒に寝よう。」
「はあ?何言うてんの?子どもやないんやから。」
「え?うちは……、その、ええよ?」
上様が優しい声で話しかけて、兄上……壱臣さまは嬉しそうに答えている。弐角さまの返事はそっけない。
そうか。
三人はやっと、親子として話しとるんや。何を隠すこともなく、誰に憚ることもなく。
そうか。
自分の顔がうつ向いていくのが分かる。家族として過ごせなかった年月の長さ。きっと、私や母やお祖父様が奪ったものなんやろう。
そう思っているのに。
「三郎も、一緒に風呂に入ろか?一緒に寝るか?」
どうして、そんな言葉をかけてくれるんや?
「いえ、私は、その……。」
何とか言葉を絞り出す。
「嫌か?今日は四人でずっといたいんやけど、あかんか?」
上様の声は、弾むようで。
「ああ、嬉しいな。皆、生きとった。……悪夢は、終わったんや。」
涙声も混じって。
「良かったな、三郎。」
どうしたらええか分からずじっとしてたら、力丸さまが言った。
うつ向いたまま、頭を横に振る。
違う。
私は違うんや。
私はあちらで、罪を償わなあかん。
「もう少し食べろ。」
「プリンー。」
緋色殿下に成人さまの声が答える。
「あ、そろそろプリン持ってくるわ。」
兄上が立ち上がる。半助が当然のように寄り添う。片腕でプリンは運べないやろに。
「手伝うよ。」
力丸さまが身軽に立ち上がって、俺の腕も引いた。
「三郎、行こ。」
「あ、はい……。」
廊下に出ると、上様まで付いてくる。
「一緒に行ってええか?」
「父上に運んでもらうなんておそれ多いなあ。」
「いや、行くだけや。」
「役に立たんわあ。」
気安く答える兄上の笑い声。
こんなに人手はいらんのちゃう?
戸惑っていても、力丸さまは知らん顔で私を引っ張っていく。私や上様を半助が冷たい目で見とるんやけど……。
「半助、そう睨むな。私たちは皆、臣の料理の愛好者仲間やろ?」
「そうですか。」
突き放したような返事。
「よう守ってくれた。ありがとうな。ほんまに、ありがとうな。」
「当たり前のことをしただけです。」
「そやな。うん。そんでも、ありがとう。」
顔が溶けそうなほどにこにことしている上様に、半助は、ぷいとそっぽを向いた。兄上は厨房へ歩きながら、楽しそうにその様子を見ている。
「臣。この城で料理を作ってくれへんか?」
「すみません。うちがおらんと困るお人がおるから、帰らんと。」
迷いのない兄上の返事。
少し息を呑んだ上様は、そうか、帰るんか……と呟いた。
帰る。
そう、帰ると言った。兄上には、ここやない帰るとこがある。
「……三郎は、手伝いしてくれるか?」
「え?」
「書類仕事が得意やろ?よう勉強してたって聞いとるで。」
「…………。」
困ってうつ向く。
武芸に才は無い。せめて、努力で何とかなる仕事だけでもできればと、勉強をしてただけ。頑張れば、それなりに成績に反映されたから楽しかった。
今となっては頑張っていたことさえ、勉強する環境も、武芸を習う環境も奪われていた兄上に申し訳ない。
けど、父上が、いや上様が知っていてくれたのは嬉しい。
「え?お前、書類得意なの?やった!殿下に伝えとく。喜ぶぞー。」
力丸さまが私の手を握ったまま、明るく笑った。
「え?なに?」
「緋色殿下、書類仕事が苦手なんだよ。斎さんって人が手伝ってるんだけど、もう少し人手が欲しいって言ってた。斎さん体弱いのにすぐ無理するし、見張りもしてやって。いや、いい拾い物したなあ。」
それは、どういう……?
「帰ったら忙しくなるぞ。この旅行で羽伸ばしとけよー。」
帰ったら。
帰ったら?
そうか。この城に着いてすぐの時にも力丸さまは言うとった。
とっとと終わらせて、帰ろうぜ。
父上の顔は見れなかったけど、口は動いた。
「私も、帰ります。誕生日会があるんです。」
父上がまた息を呑んで、そうかー、と呟いた。
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