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第四章 西からの迷い人
102 昔語り 緋色
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「う、上様。」
大広間できっちり正座した料理長が八朔与市に向かって声を上げる。
「どういうことですか。何とか言うてやってください。上様はここで一番偉いお人です。その上様が指名してくれたうちが作った料理を、よう知らんから食べられへんと言われるなんて、上様への侮辱やないですか!」
上様、ときたか。
それは、この領地の最上位の者への呼び方だったはず。随分と、増長したもんだ。
顔色を青くしたのは何人いることか。
黒装束の者が一人、大広間に現れて料理長を捕縛した。
「な、なん……。これは、何を……。」
「上様。後の者は如何致しますか?」
片膝を付いて、すぐに動ける体勢で黒装束が壱鷹に頭を下げる。
「最後に、せっかくの食事が無駄にならんように食べさせてやろ、と思てたけど、あかんかったな。まあ、こちらの食事が終わるまで放っといてええ。今日は、願いが叶った最高の日やろ、八朔与市。当主の席について、上様って呼ばれて。」
大広間から応えはない。料理長だけが、上様、と呼ばれて答えた壱鷹と真っ青な顔色で尚、眼光鋭い八朔与市を、え、あ、ええ?などと言いながら見比べている。
「先代が亡くなって、私が当主の座についたんは十四歳やったからなあ。仕事の手伝いしてくれたんは助かったで。そやけど、手伝いは手伝いやろ。臣下の分を弁えなあかん。」
「は……。」
八朔与市は、形ばかり頭を下げる。
「あ、あなたなんて、仕事放り出して城にもいないやないの!」
「仕事ならしとるよ。この城では邪魔ばかり入って仕事にならんから、仕事場所を移しただけや。次期当主に手ほどきもせんなんでな。何もせんと贅沢だけしとったんはお前さんやろ?」
きいきいと甲高い声。綾女という女は、全く懲りていない上に、状況の理解もできていないようだ。この城で、自分に不利なことが起こるわけがないと信じ切っている。
「あんたは、一二三だけは可愛がっとったから、罪もない子どものためやと放っといたけど、もう少し私も話をするべきやったなあ。まあ、しょっちゅう命を狙われて、私もいっぱいいっぱいやったで、しゃあない。あんたと一二三を人質にする必要も無うなったし、もう家に帰り。九鬼の金で買うたもんは置いて行ってな。あんたの贅沢で財政が苦しいんや。売って少しでも足しにするわ。」
「人質……?」
「そうや。あんたには、そんなに価値は無かったけど、一二三を当主にしたい八朔与市には、無理に動いたら一二三を殺す、と匂わせとけば均衡を保てとった。そちらは壱臣を狙っとったし、おあいこや。あんたが壱臣を狙て勝手に動く度に、八朔与市が冷や汗かいとったんも知らんのやろ。気楽なもんや。一二三が私の子や無いと知られてなかったんは好都合やったで。隠し通してくれてありがとうな。知られたら、また八朔の縁者の五月蝿い女が送られて来たんやろと思うと、ぞっとするわ。一応、当主は九鬼の血筋や無いとあかんとは思ってくれてたみたいやからな。」
「わたし、は……。」
かたかたと震えながら、綾女は隣に座る父を見た。八朔与市は、恨みのこもった目で娘を睨み付けている。
「お、とう、さま……。」
八朔与市が刃物を持っていたなら、きっと切り捨てられていたことだろう。
大広間できっちり正座した料理長が八朔与市に向かって声を上げる。
「どういうことですか。何とか言うてやってください。上様はここで一番偉いお人です。その上様が指名してくれたうちが作った料理を、よう知らんから食べられへんと言われるなんて、上様への侮辱やないですか!」
上様、ときたか。
それは、この領地の最上位の者への呼び方だったはず。随分と、増長したもんだ。
顔色を青くしたのは何人いることか。
黒装束の者が一人、大広間に現れて料理長を捕縛した。
「な、なん……。これは、何を……。」
「上様。後の者は如何致しますか?」
片膝を付いて、すぐに動ける体勢で黒装束が壱鷹に頭を下げる。
「最後に、せっかくの食事が無駄にならんように食べさせてやろ、と思てたけど、あかんかったな。まあ、こちらの食事が終わるまで放っといてええ。今日は、願いが叶った最高の日やろ、八朔与市。当主の席について、上様って呼ばれて。」
大広間から応えはない。料理長だけが、上様、と呼ばれて答えた壱鷹と真っ青な顔色で尚、眼光鋭い八朔与市を、え、あ、ええ?などと言いながら見比べている。
「先代が亡くなって、私が当主の座についたんは十四歳やったからなあ。仕事の手伝いしてくれたんは助かったで。そやけど、手伝いは手伝いやろ。臣下の分を弁えなあかん。」
「は……。」
八朔与市は、形ばかり頭を下げる。
「あ、あなたなんて、仕事放り出して城にもいないやないの!」
「仕事ならしとるよ。この城では邪魔ばかり入って仕事にならんから、仕事場所を移しただけや。次期当主に手ほどきもせんなんでな。何もせんと贅沢だけしとったんはお前さんやろ?」
きいきいと甲高い声。綾女という女は、全く懲りていない上に、状況の理解もできていないようだ。この城で、自分に不利なことが起こるわけがないと信じ切っている。
「あんたは、一二三だけは可愛がっとったから、罪もない子どものためやと放っといたけど、もう少し私も話をするべきやったなあ。まあ、しょっちゅう命を狙われて、私もいっぱいいっぱいやったで、しゃあない。あんたと一二三を人質にする必要も無うなったし、もう家に帰り。九鬼の金で買うたもんは置いて行ってな。あんたの贅沢で財政が苦しいんや。売って少しでも足しにするわ。」
「人質……?」
「そうや。あんたには、そんなに価値は無かったけど、一二三を当主にしたい八朔与市には、無理に動いたら一二三を殺す、と匂わせとけば均衡を保てとった。そちらは壱臣を狙っとったし、おあいこや。あんたが壱臣を狙て勝手に動く度に、八朔与市が冷や汗かいとったんも知らんのやろ。気楽なもんや。一二三が私の子や無いと知られてなかったんは好都合やったで。隠し通してくれてありがとうな。知られたら、また八朔の縁者の五月蝿い女が送られて来たんやろと思うと、ぞっとするわ。一応、当主は九鬼の血筋や無いとあかんとは思ってくれてたみたいやからな。」
「わたし、は……。」
かたかたと震えながら、綾女は隣に座る父を見た。八朔与市は、恨みのこもった目で娘を睨み付けている。
「お、とう、さま……。」
八朔与市が刃物を持っていたなら、きっと切り捨てられていたことだろう。
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