【完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
315 / 1,321
第四章 西からの迷い人

102 昔語り  緋色

しおりを挟む
「う、。」

 大広間できっちり正座した料理長が八朔はっさく与市よいちに向かって声を上げる。

「どういうことですか。何とか言うてやってください。上様はここで一番偉いお人です。その上様が指名してくれたうちが作った料理を、よう知らんから食べられへんと言われるなんて、上様への侮辱やないですか!」

 上様、ときたか。
 それは、この領地の最上位の者への呼び方だったはず。随分と、増長したもんだ。
 顔色を青くしたのは何人いることか。
 黒装束の者が一人、大広間に現れて料理長を捕縛した。
 
「な、なん……。これは、何を……。」
「上様。後の者は如何致しますか?」

 片膝を付いて、すぐに動ける体勢で黒装束が壱鷹いちたかに頭を下げる。

「最後に、せっかくの食事が無駄にならんように食べさせてやろ、と思てたけど、あかんかったな。まあ、こちらの食事が終わるまで放っといてええ。今日は、願いが叶った最高の日やろ、八朔はっさく与市よいち。当主の席について、上様って呼ばれて。」

 大広間からいらえはない。料理長だけが、上様、と呼ばれて答えた壱鷹いちたかと真っ青な顔色で尚、眼光鋭い八朔はっさく与市よいちを、え、あ、ええ?などと言いながら見比べている。
 
「先代が亡くなって、私が当主の座についたんは十四歳やったからなあ。仕事の手伝いしてくれたんは助かったで。そやけど、手伝いは手伝いやろ。臣下の分をわきまえなあかん。」
「は……。」

 八朔はっさく与市よいちは、形ばかり頭を下げる。

「あ、あなたなんて、仕事放り出して城にもいないやないの!」
「仕事ならしとるよ。この城では邪魔ばかり入って仕事にならんから、仕事場所を移しただけや。次期当主に手ほどきもせんなんでな。何もせんと贅沢だけしとったんはお前さんやろ?」

 きいきいと甲高い声。綾女あやめという女は、全く懲りていない上に、状況の理解もできていないようだ。この城で、自分に不利なことが起こるわけがないと信じ切っている。

「あんたは、一二三ひふみだけは可愛がっとったから、罪もない子どものためやと放っといたけど、もう少し私も話をするべきやったなあ。まあ、しょっちゅう命を狙われて、私もいっぱいいっぱいやったで、しゃあない。あんたと一二三ひふみを人質にする必要も無うなったし、もう家に帰り。九鬼くきの金で買うたもんは置いて行ってな。あんたの贅沢で財政が苦しいんや。売って少しでも足しにするわ。」
「人質……?」
「そうや。あんたには、そんなに価値は無かったけど、一二三ひふみを当主にしたい八朔はっさく与市よいちには、無理に動いたら一二三ひふみを殺す、と匂わせとけば均衡を保てとった。そちらは壱臣いちおみを狙っとったし、おあいこや。あんたが壱臣いちおみを狙て勝手に動く度に、八朔はっさく与市よいちが冷や汗かいとったんも知らんのやろ。気楽なもんや。一二三ひふみが私の子や無いと知られてなかったんは好都合やったで。隠し通してくれてありがとうな。知られたら、また八朔はっさくの縁者の五月蝿い女が送られて来たんやろと思うと、ぞっとするわ。一応、当主は九鬼くきの血筋や無いとあかんとは思ってくれてたみたいやからな。」
「わたし、は……。」

 かたかたと震えながら、綾女あやめは隣に座る父を見た。八朔はっさく与市よいちは、恨みのこもった目で娘を睨み付けている。

「お、とう、さま……。」

 八朔はっさく与市よいちが刃物を持っていたなら、きっと切り捨てられていたことだろう。

 
しおりを挟む
感想 2,394

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

魔力なしの嫌われ者の俺が、なぜか冷徹王子に溺愛される

ぶんぐ
BL
社畜リーマンは、階段から落ちたと思ったら…なんと異世界に転移していた!みんな魔法が使える世界で、俺だけ全く魔法が使えず、おまけにみんなには避けられてしまう。それでも頑張るぞ!って思ってたら、なぜか冷徹王子から口説かれてるんだけど?── 嫌われ→愛され 不憫受け 美形×平凡 要素があります。 ※総愛され気味の描写が出てきますが、CPは1つだけです。

処理中です...