【完結】人形と皇子

かずえ

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第四章 西からの迷い人

100 二つの宴席  三郎

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「こ、これは、どういう……。」

 大広間に緊張して入ってきた料理長が、呆然と立ち尽くすのが見えた。少し前まで、お祖父様が母上をなじる声が聞こえていたけど、怪我をしているお祖父様がすっかり憔悴して黙り込むと、大広間には、しんとした静寂だけが広がっている。先付けに手をつける者はなく、次に出てきた汁ものも、ただ冷えていくのみ。その次の料理を運んできた女中たちが、どうしたらいいのかと部屋の隅で立ち往生している。
 箸を手にした母も、お祖父様の剣幕に料理に手をつけられずにいる。
 皇都の料理を、味が濃いやの深みがないやのと散々に貶しとったし、昼も車に籠っとったし、お腹が空いてるんやろなあ。やっと見慣れた料理が並んどるから食べたいんやろ。
 まるで子どものように、自分のしたいことだけをして生きてきた母には、この状況は訳が分からんことやろなあ、と思ってから、ずいぶんと他所よそのことのように考える自分にびっくりした。
 母は私のことは、可愛がってくれた、と思う。私の髪を綺麗に手入れして、短く、手入れもされていない兄上の髪を嗤う。私に新品の綺麗な服を着せて兄上を引きずり出し、年季の入った服を着た兄上を嗤う。
 こう考えると、私を可愛がっているというより……、まあもう、どうでもいいか。
 今ここに、姿を消したひふみを探しもせずに帰ってきた人。自分が帰ることしか考えていなかった人。父に、いや壱鷹いちたかさまに、一二三ひふみはどこだ?と聞かれるまで、知らん顔やった。
 お祖父様も、親族も、城の使用人たちも、顔を隠すでもない私に気付かない。髪を切って軍服を着ているだけで?そんなに違うもんやろか?
 お祖父様に、自分の子やない、と壱鷹いちたかさまが話してるのは聞こえとったよ。でも、聞こえんふりをした。だって壱鷹いちたかさまが、心配そうに私を見るから。よその子の私に、大して一緒に過ごしてもいない私に気付いて、心配までしてくれとるから。
 せめて、壱鷹いちたかさまの子でありたかった。
 そしたら、おみの料理はほんまに美味しいなあ、と嬉しそうに食べる似た顔のあの人たちと一緒に、ほんまやな、って言えたかもしれん。
 なんだかしんみりとしてゆっくり食べていると、また溶き卵の中に次の肉や野菜が入れられている。

「卵につけたら、すぐ冷めるだろ。そんなゆっくり食べてたら生き残れないぞ。」
「へ?」
「だから、食べるものが無くなって飢え死にしちゃうぞって。」

 力丸りきまるさまの舌が特別製やから、熱くないんちゃうか?

力丸りきまるくんが三郎さぶろうの分を残しておけばええことでしょ?もっとよう噛んで食べ。それに食べ過ぎたら、デザートのプリンが入らんようになるで。」

 一休みすんだらしい兄上が、空いていた私の隣に座った。もちろん、半助はんすけがその隣。半助はんすけはこの旅が始まってから、物凄う神経を尖らせとる。そらそうやな。兄上を辛い目に合わせた城に行くんやし、辛い目に合わせた人間が許せないんやろ。たぶん、壱鷹いちたかさまのことも。私なんて、敵でしかない。身を縮こませていたら、力丸りきまるさまの明るい声が響く。

「プリンなんて、別腹だよなー!成人なるひと、プリンあるって!壱臣いちおみの料理は本当に美味しいから、いっぱい食べちゃうよ。」

 控えの間は、温かい湯気と美味しく食べる人の声で溢れていた。
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