【完結】人形と皇子

かずえ

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第四章 西からの迷い人

95 ええ名前  三郎

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 お祖父様が使っていた部屋の辺りは、特に人気ひとけもなく、中に入ると覚えのある通りの部屋の様子が広がっていた。

「ここは?」

 付いてきてくれた力丸りきまるさまが部屋を見渡す。

「お祖父様の部屋です。」
「お祖父様?」
「入り口で撃たれた……。」
「ああ、あの、当主に全権を委任されたって大口を叩いたじい様か。」
「……お恥ずかしい。」
「いや、まあ、そうだな……。」

 お祖父様のあれは、慰めの言葉も浮かばないほどのやらかし、でしかない。
 私は、本当に国を動かしているのはお祖父様で、当主は責任を投げて城から逃げた、と聞かされていた。お前は、お祖父様の後を継いで立派な当主になりなさい、と。
 笑ってしまう。
 あんなに立派な当主様と次期当主様がいてはるのに。
 壱臣いちおみさまと弐角にかくさまを抱きしめて、声もなく泣いた弐藤にふじさまと壱鷹いちたかさま。四人のその姿が、目の奥から離れない。
 とりあえず、そんなに大きくない座椅子を抱えて客間に戻る。いつも成人なるひとさまが使っている物より背もたれが小さいが、無いよりましだろう。

成人なるひとさまは、お体が弱いのですか?」
「んー?うーん、ま、そうだな。いや、まあ元気になったぞ?今日のは昨晩の名残りだろ。殿下が悪い。」
「はあ……?」
「お子さまには分からなくていいの。」
「私はもうすぐ十九になります。」

 むっとして言うと、誕生日いつ?と聞かれた。

「十月十日です。」
「へえ。俺、三月三日。ゾロ目一緒だな。離宮で毎月誕生日会やるから、帰ったら誕生日伝えておけよ。皆でその月の誕生日の人をお祝いするんだ。」

 私も?私のことも祝ってくれる?

「いいだろ?楽しいぞ。美味しいおやつも出るしな。とっとと終わらせて帰ろーぜ。」

 帰ろうぜ?
 びっくりと目を見開く私に、え?なに?と力丸りきまるさまは言った。
  
「いいええ、何でもないです。」

 客間には壱鷹いちたかさまが当主らしい着物に着替えて戻り、緋色ひいろ殿下と話していた。成人なるひとさまは殿下の上でうつ伏せに抱きついて寝てしまったようだ。

三郎さぶろう、ご苦労さん。厨房の手伝いも頼むぞ。」

 成人なるひとさまを抱いたまま、殿下が座椅子に座って楽な姿勢を取られた。
 私をまじまじと見た壱鷹いちたかさまが口を開きかけて、閉じた。

三郎さぶろう、行くぞ。案内してくれないと分からん。」
「はい。」

 力丸りきまるさまの言葉に返事をすると、

三郎さぶろう言うんか。」

 壱鷹いちたかさまが笑顔で声をかけてくる。

「はい。」
「そうか。ええ名前やな。」
「はい。」
「気いつけてな。」
「はい。」

 ええ名前。
 気いつけてな。
 かけられた言葉を胸の内で繰り返す。じんわりと温かくなった胸を掴みながら、厨房への道を歩いた。
 
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