【完結】人形と皇子

かずえ

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第四章 西からの迷い人

94 帰ってきた城  三郎

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 客間は静かやった。畳の良い匂い。きっと畳替えでもしたのやろう。皇家から緋色ひいろ殿下が来られるとの情報は伝わっていた、ということか。客間は磨きあげられ、襖も張り替えられたばかりのように綺麗だ。 
 成人なるひとさまはすっかりお疲れのご様子で、城の中に入った後は一度も歩いていない。今は緋色ひいろ殿下の胡座の中に収まって、すっかり体を預けてしもている。
 弐藤にふじさまと弐角にかくさまは指揮を取るために現場へ向かい、父上……壱鷹いちたかさまは着替えてくると出ていった。一度、この部屋へ案内された利胤としたねさまと常陸丸ひたちまるさまも、手伝って来ようと部屋を出る。荘重むらしげさまはいつの間にかいない。
 しん、とした部屋。
 お茶とお茶請けを持った女中が、失礼します、と正座して襖を開け、部屋の中へ入ってきた。母が皇都へ連れていった女中に誂えた着物を着とる。この女中は、捕まったりせえへんかったんやろか?

水瀬みなせ!」
「はい、成人なるひとさま。」

 成人なるひとさまの言葉によくよく見れば、女中の着物を着た水瀬みなせさんやった。にこり、と笑って座卓にお茶とお茶請けを置く。お茶は、とりあえず五つほど持って来られたようだ。

「金平糖だ。」

 お茶請けを見て身を乗り出す成人なるひとさま。小さな平皿に、色とりどりの金平糖が山と積まれていた。濃い桃色、黄色、薄い赤に混じってほんの少しの黄緑と白。これは……。

「紅葉を表しているそうですよ。みやびですねえ。」
「こうよう?」
「山が、秋の訪れと共に赤や黄色に色付く様を言います。準備されていたお菓子まで、よく気を配られておりましたよ。」
「きれいねえ。」

 嬉しそうに、小さな小さな赤い一粒を摘まんだ成人なるひとさまが、手を上げてよくよく眺めてから口に入れた。にひゃ、と笑うと、もうひとつ摘まんで、緋色ひいろあーん、と言いながら殿下の口に手を運ぶ。
 その成人なるひとさまの手を、ひょいと持ち上げる手。力丸りきまるさまが、そのままその赤い粒を自分の口に運んで食べた。
 私の横にずっとおったのに、いつの間に?

「美味しいけど、小さくて食った気がしないなあ。」

 なんて言いながら、三粒四粒口に放り込んでいる。
 あれは、怒られたりしないのやろか。
 私の方がはらはらする。

「では、私は厨房へ戻りますね。」
「ああ、頼む。どうだ?厨房は。」
「あまり良くないです。混ざりものがありました。壱臣いちおみさんが、こちらの人数分は頑張ってくださると思いますが、幾人かはこの城の者に犠牲が出ても致し方なし、との方向で。もちろん、壱臣いちおみさんには内緒です。」
「手伝いは任せる。」
「ええ。」

 混ざりもの、犠牲……。
 不穏な言葉が飛び交う。

「そうだ、三郎さぶろう。」
「は、はいい。」

 水瀬みなせさんに突然話しかけられて、おかしな返事をしてしもた。

「この城には、座椅子などはありませんか?もたれかかれる椅子があると、成人なるひとさまが食事をされるときに助かります。」
「あ、あります、あります。」

 用事を言い付けられて、喜んでしまう。
 
「では、それをこの部屋に運んでおいて。手が空いたら、厨房の手伝いもお願い。力丸りきまるさんもね。」

 のんびりお茶を啜っていた力丸りきまるさまが、はいよー、と返事をする。
 お祖父様の部屋にある座椅子を思い浮かべなから、やることができたと息を吐いた。
 ……帰ってきた城で、誰も一二三ひふみの名を呼ばなかったことにかなり、落ち込んでいたから。
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