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第四章 西からの迷い人
84 大丈夫 壱臣
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うちがした旅行は、半助と二人で故郷から逃げた、一回だけ。あん時は、少し離れた町で料理人でもしながら一人で暮らすつもりで、少ない着替えと包丁セットを持って城を出た。
旅の仕方も知らんやろうから、落ち着いて暮らせる場所まで半助を連れていけ、と父に言われて、二人で連れ立って出たのだ。実際、うちは何にも知らんかったから、半助がおってくれてほんまに助かった。
襲撃されて、一人になった後も旅を続けられるくらいに、半助は色んなことを教えてくれた。
旅行鞄に、着替えを詰めながら考える。
そやけど、あん時ですらもう少し、準備には時間があったんとちゃうやろか。
旅行の常識を知らんから普通が分からんけど、明日出る、と言われて出るのは、普通なんか?大変ちゃう?
昨日も休みをもろとったのに、また何日間か留守をするのが心苦しい。早めに起きたから、なるべく早う準備を整えて、朝食の支度を手伝おう。
焦るうちを宥めるように、半助が近寄ってきて、髪を梳けずってくれる。
そこまで丁寧にするほどの長さはないんやけど、嬉しくて旅行準備の手が止まってしまう。昨日の風呂上がりに馴染ませてくれた美容液の匂いが微かに漂って、思わず振り返って抱きついた。
以前より細うなったのに、びくともせずにうちを受け止めて櫛を置き、抱き寄せてくれる。
「帰りとうなかったか?」
低いええ声で言われて初めて、不安なんやと気付いた。
帰りとうないんやろか?
出るとき、もう二度と戻れん、と思ったんやったかな?危ない場所から離れられることに、ほっとしたんやったかな?もう一回、帰る気はあったんかな?
こんなことを、考える余裕が無かったいうんが正解ちゃうかな?
「分からん。」
素直に言うたら、背中に回った腕に力が込められた。
「分からんの?」
「うん。うち、未来のことて、考えたこと無かったわ。」
「そうか……。」
「帰りとうない訳やない、と思う。」
「…………。」
「怖いんかな。うちには、一番怖い場所やから、帰るんが怖い。」
「絶対、離れんから、怖かったら俺のこと掴んどけ。」
「うん。」
帰る、いうのはちょっと違うんかもしれん。うちの家はもう離宮で、大事な人は腕におる。
扉がノックされた。まだ、早い時間。でも、ここに怖い人はいない。危ないことも、起こらない。
「はい。」
半助から身を離して扉を開けると、いい匂いを纏う緋色殿下が立っていた。
「早くにすまんな。これ、旅行荷物に入れるだろ?」
昨日貸した、髪の美容液。うちが初めて持った、髪の手入れ品。
「わざわざ、すみません。」
「いや、こちらこそ、悪かった。大事な物をありがとう。」
「いいええ。そんなん、いつでも。」
「あちらで、買ってくるか。」
「買い物できるなら、是非。」
いつの間にかすぐそばに立っていた半助が答える。
にやっと笑った緋色殿下の色気に、くらくらしそう。ん、色気?
「これは、なかなか危険な香りだな。」
半助が、殿下と似たような笑みをこぼす。うちは、美容液と似た匂いの別の物を思い出して、真っ赤になった。
髪の美容液、他の匂いもないんか、弐角に聞いてみなあかん。
受け取った美容液を鞄に詰める頃には、不安はどこかに吹き飛んでいた。
旅の仕方も知らんやろうから、落ち着いて暮らせる場所まで半助を連れていけ、と父に言われて、二人で連れ立って出たのだ。実際、うちは何にも知らんかったから、半助がおってくれてほんまに助かった。
襲撃されて、一人になった後も旅を続けられるくらいに、半助は色んなことを教えてくれた。
旅行鞄に、着替えを詰めながら考える。
そやけど、あん時ですらもう少し、準備には時間があったんとちゃうやろか。
旅行の常識を知らんから普通が分からんけど、明日出る、と言われて出るのは、普通なんか?大変ちゃう?
昨日も休みをもろとったのに、また何日間か留守をするのが心苦しい。早めに起きたから、なるべく早う準備を整えて、朝食の支度を手伝おう。
焦るうちを宥めるように、半助が近寄ってきて、髪を梳けずってくれる。
そこまで丁寧にするほどの長さはないんやけど、嬉しくて旅行準備の手が止まってしまう。昨日の風呂上がりに馴染ませてくれた美容液の匂いが微かに漂って、思わず振り返って抱きついた。
以前より細うなったのに、びくともせずにうちを受け止めて櫛を置き、抱き寄せてくれる。
「帰りとうなかったか?」
低いええ声で言われて初めて、不安なんやと気付いた。
帰りとうないんやろか?
出るとき、もう二度と戻れん、と思ったんやったかな?危ない場所から離れられることに、ほっとしたんやったかな?もう一回、帰る気はあったんかな?
こんなことを、考える余裕が無かったいうんが正解ちゃうかな?
「分からん。」
素直に言うたら、背中に回った腕に力が込められた。
「分からんの?」
「うん。うち、未来のことて、考えたこと無かったわ。」
「そうか……。」
「帰りとうない訳やない、と思う。」
「…………。」
「怖いんかな。うちには、一番怖い場所やから、帰るんが怖い。」
「絶対、離れんから、怖かったら俺のこと掴んどけ。」
「うん。」
帰る、いうのはちょっと違うんかもしれん。うちの家はもう離宮で、大事な人は腕におる。
扉がノックされた。まだ、早い時間。でも、ここに怖い人はいない。危ないことも、起こらない。
「はい。」
半助から身を離して扉を開けると、いい匂いを纏う緋色殿下が立っていた。
「早くにすまんな。これ、旅行荷物に入れるだろ?」
昨日貸した、髪の美容液。うちが初めて持った、髪の手入れ品。
「わざわざ、すみません。」
「いや、こちらこそ、悪かった。大事な物をありがとう。」
「いいええ。そんなん、いつでも。」
「あちらで、買ってくるか。」
「買い物できるなら、是非。」
いつの間にかすぐそばに立っていた半助が答える。
にやっと笑った緋色殿下の色気に、くらくらしそう。ん、色気?
「これは、なかなか危険な香りだな。」
半助が、殿下と似たような笑みをこぼす。うちは、美容液と似た匂いの別の物を思い出して、真っ赤になった。
髪の美容液、他の匂いもないんか、弐角に聞いてみなあかん。
受け取った美容液を鞄に詰める頃には、不安はどこかに吹き飛んでいた。
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