人形と皇子

第四章 西からの迷い人

78 弐角と才蔵 緋色

　成人なるひとを抱いたまま廊下を歩いていると、使用している者がいない筈の部屋の前に乙羽おとわが立っていた。常陸丸ひたちまる付きで。

「どうした？」
「あ、殿下。弐角にかくさまと才蔵さいぞうをそろそろ起こそうかと思って。」
「起こす？」
「酷い顔してたの。あれは、寝てないわ。」
「……だろうな。」

　弐角にかくが連れてきた部下は少ない。信頼できる手勢がそもそも少ないのか、とにかく目立たず、一二三ひふみに華を持たせたようにするためか。まあ、両方だろう。
　そして一二三ひふみ陣営は、かなりな数を連れて移動していた。綾女あやめを捕縛し、一二三ひふみは安否不明としたことで、それらの者を監視しつつ、帰国まで抑えておかなければいけない。
　四日目か……。
　限界だろう。
　先に、綾女あやめとその手勢を国に送り返せたら良かったのだが、国の方も、領主が弟の屋敷に逃げているくらいだ。下手を打てば、力を持っている綾女あやめの父に反撃のための時間を与えてしまう。
　裏では朱実あけみが、出国して綾女あやめ捕縛の情報を伝えようとしている者は押さえてあるだろうが、表向きは、次期領主としての手腕拝見とばかりに、放置の構えだった。
　無事に、今日の式典に次期領主として出席したことで、及第点はもらえたようだな。
　がちゃり、と部屋の扉が開く。

「すんません。ようけ寝られました。」

　ぼさり、とした髪の才蔵さいぞうの掠れた声。本当に寝ていたようだ。
　この若さで、隠されていた次期領主の専属護衛だ。人手不足の中、かなり気を張って仕えているに違いない。見込みがある、と利胤としたねは言っていたが、離宮うちの奴らには遠く及ばない。
　鍛練の時間も無い。
　……休息の時間も。
　もっと強くなれることに気付いて、利胤としたねも力丸りきまるも構うのだろう。

「よく寝てたみたいね。心配だから、村正むらまささんに様子は見てもらったのよ。」

　乙羽おとわの明るい声に才蔵さいぞうが絶句した。

「え……？」
「寝てるって言うから安心したわ。あなたの方が心配だったの。こんな風に、扉の前に来ただけで起きちゃうでしょ。」

　乙羽おとわは、様子を見られていて気付かなかったことに青い顔をする才蔵さいぞうに近寄り、手を伸ばして頭を撫でた。

「寝なきゃ駄目。死んじゃうよ。ちゃんと食べて、寝て、好きな人の側にいないと、人は生きていけないんだから。」
「あ？え？は、あ……？」

　才蔵さいぞうは、呆然と頭を撫でられている。
　まあ、気付かなかったことは気にするな。寝てるかどうかの確認をするために、我が国の隠かくしの頭領を使う辺り、乙羽おとわもお前の強さを認めているってことだ。

「ご飯よ。弐角にかくさまも起こして来て。アイスクリーム食べたいっていうのも、聞いてるからね。」

　にっこり笑った乙羽おとわに、才蔵さいぞうは素直に、こっくり頷いた。