【完結】人形と皇子

かずえ

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第四章 西からの迷い人

56 巣立ち 5  力丸

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 一二三ひふみさまは、震える手で髪の括られている部分を掴んだ。
 ぐ、と唇を噛みしめ、一気に刀をすべらせる。
 壱臣いちおみさんは、半助はんすけさんにしがみついて顔をそむけ、そんな壱臣いちおみさんの頭を半助はんすけさんの左腕がしっかりと抱き込んだ。
 俺の腕の中でへたりこんでいる才蔵さいぞうは、目を見開いて少し身を震わせ、弐角にかくさまは、拳を握りしめて背筋を伸ばして、一二三ひふみさまから目を逸らさぬよう堪えているようだった。隣の母親の口からは、ひぃっという、か細い悲鳴が漏れた。
 男は主に短髪で、最近は女の人でも短く切る者がいるうちの国の価値観では理解できないほどの、これは重要な儀式なのだ。長く伸ばしていた者が髪を切ることが、これほどの覚悟を伴うのなら、先ほどの会話で壱臣いちおみさんが軽く言っていた、あの髪の毛の話は。
 うちの髪の毛に取れないよう粘つくもんをくっ付ける奴がおって。全部剃らなあかんくなった日は悲しかったなあ。
 あれは、ものすごく酷いいじめだったのではないか。
 髪を自ら切ろうとする様子を見ることさえ辛いほどの。
 胸に、ひゅっと冷たいものが落ちる気がして、半助はんすけさんが今、壱臣いちおみさんの側にいてくれて良かった、と心底思った。
 一二三ひふみさまが、切り落とした髪の毛と小刀を畳に置くと、成人なるひとがその小刀を持って綾女あやめさまの前に置く。後退りしようとして、すぐ近くで見張っていた緋椀ひまりさまにぶつかった。

「嘘、うそや。こんなのうそ……。私の一二三ひふみさんは、こんなことせえへん……。私は、父上の言うた通りに……。殿は、父上に逆らえへんのやから……。なんで……。」

 ぶつぶつと呟きながら、後ろへ下がれないからと横に逃げようとしている。その腕を、緋椀ひまりさまが掴み押さえた。
 弐角にかくさまが素早く立ち上がると、小刀を持って鞘を払った。あっという間に綾女あやめさまの髪を結い上げていたかんざしを二本抜き取ると、ばさりと落ちた長い髪をまとめてひねりあげ、すぱっと切り落とした。

「ひいぃぃっ。」
綾女あやめ、そなたは俺が連れて帰る。罪人として、な。やけど、息子はもう、いらん。」
「え?あ、ええっ?」
「私の、首を、持って帰られますか?」
「それも、いらん。」

 弐角にかくさまの答えに、一二三ひふみさまは、ばさばさと不格好に広がる髪をふるりと振って、苦笑を浮かべた。
 弐角にかくさまが、小刀を鞘に納めて畳に置く。殿下に向いて膝をつき、包拳礼を取った。

「殿下。この度は大変にご迷惑をお掛け致し、誠に申し訳ございませんでした。ご温情に感謝致します。九鬼くきの忠誠は、緋色ひいろ殿下に。」
「いらん。それは、父上と朱実あけみに渡してこい。」
「…………は。」
「食事は終わりだ。緋椀ひまり三雲みくも、送ってやれ。いらないものは、置いていけ。処分しておく。」 
「ひっ。」
「はっ。」

 処分と聞いて、綾女あやめさまが悲鳴を上げたが、そのまま、無理やり立たされて引きずられて行った。
 弐角にかくさまと才蔵さいぞうが、もう一度しっかりと礼を取る。

「飯が食いたくなったら、連絡しろ。」
「また来てね。」

 緋色ひいろ殿下が立ち上がって、成人なるひとを抱き上げる。
 良かったな、弐角にかくさま、才蔵さいぞう。この離宮うちに、連絡一つで入れる人間は、皇都にもほとんどいないぞ。
 殿下を見送り、兄上と義姉上あねうえも部屋から出ていくと、ものすごくほっとした雰囲気が漂う。

「なあ。この女、何をして殿下をあんなに怒らせたん?」
「殿下の伴侶を拐う計画を立てて、成人なるひと義姉上あねうえを間違えた。」
「生きてて良かった……。」

 半泣きの才蔵さいぞうがため息と共に呟いて、帰って行った。
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