259 / 1,321
第四章 西からの迷い人
49 最後の晩餐 5 一二三
しおりを挟む
やがて、人がどんどんとやって来て、挨拶を交わす。離宮の使用人と住人ばかりだった。来賓は私たち三人だけらしい。着替えた半助の隣に壱臣兄上の姿はなく、厨房へ手伝いに行ったとのことだった。
体の大きな老人が、お酒の瓶と疲れてふらふらの人間を一人抱えてやって来て、いい運動をした、と豪快に笑った。
「うちの者がお世話になりました。」
「おう、見込みあるぞ。」
弐角の言葉に、腕の中の人間をどさりと落とす。
「若ぁ、このご老体、無茶苦茶です。」
「お前は、なかなか頑張った。ほら、飲め。」
「今は、冷たい水が欲しいです。」
「付き合い悪いのう。」
「利胤さま。楽しそうなことしてるじゃないですか!」
「おう、力丸、おかえり。」
「手合わせなら、俺も一緒にやりたかったあ。」
「はっはっはっ。」
弐角の護衛か。同じ年頃の、動きやすそうな黒装束の男が、汗で貼りついた長い髪を手ぬぐいで拭きながらへたり込んでいる。
「若。この方は?」
「ん?力丸くんか?ここの住人やそうや。」
「……この屋敷、怖すぎます。勝てる相手がおらん。」
そんな会話を聞いていると、奥の引き戸が開いて白衣の料理人が顔を出す。
「できたぞー。」
「はーい。」
その声に部屋の中の人々がぞろぞろと立ち上がった。首を傾げていると、力丸と利胤と呼ばれていた老人が立ち上がりながら言う。
「お客様は座ってて。食事を持ってきます。」
「才蔵、お前も座っておれ。わしがお前のも若のも運んでやろう。」
「え?俺の分もあるんですか?」
「おお。あちらの二人の分もあるから、席に着かせておけ。」
「え?護衛も?あ、あの、席はどこに?」
「ああ、好きなとこに座ったらいいですよ。」
私の質問への答えはあっさりしていた。
「え?」
「あの座椅子が成人ので、その隣は殿下の席。それ以外はどこでもいいですよ。」
使用人も主人も関係なく、一緒に食事を?席すら自由に?
戸惑いながら、弐角の近くに座る。私と弐角の間に力丸が入ってくれて、反対の横に弐角の護衛の才蔵、その横に利胤が座った。私の隣に、嫌がる母を座らせる。ごねようとしたときに、楽な普段着に着替えた緋色殿下が成人さまを抱いて現れ、母は怒りを抑えながら席に着いた。その横に護衛の二人も座らせると、目の前に盆に乗せた料理が運ばれる。力丸と利胤の他にも、部屋に居た者が手分けして運んでくれたようだった。
殿下も、成人さまを座椅子に座らせると身軽に立ち上がる。
まさか、殿下も?と驚いている間に食事を取りに歩いていく。
誰もが当然のような顔で思い思いの席につき、ほかほかと湯気の上がる食事の前で手を合わせていた。
湯気の上がる食事。毒見も何もなく、受け取ってすぐに食べる食事。……初めてかもしれない。私は自然と手を合わせていた。
質素な食事だ。鶏肉と季節の野菜の炊き合わせ。ご飯、味噌汁、だし巻き玉子。これが、一汁二菜というものか。見慣れたものより濃い色味だが、皇都の特色なのだろうか。
見慣れた色味のだし巻き玉子を口に含んでみる。ふんわりと優しい味がした。
「壱臣さんのだし巻き玉子、美味しいでしょ?」
力丸の声に、ええ、とても、と答えた。母が隣で何か小さな声で言っているが、邪魔しないでほしい。
母上、あなたも味わうべきだ。
これは多分、私たちが壱臣兄上の料理を食べられる、最初で、最後の、晩餐なのだから。
体の大きな老人が、お酒の瓶と疲れてふらふらの人間を一人抱えてやって来て、いい運動をした、と豪快に笑った。
「うちの者がお世話になりました。」
「おう、見込みあるぞ。」
弐角の言葉に、腕の中の人間をどさりと落とす。
「若ぁ、このご老体、無茶苦茶です。」
「お前は、なかなか頑張った。ほら、飲め。」
「今は、冷たい水が欲しいです。」
「付き合い悪いのう。」
「利胤さま。楽しそうなことしてるじゃないですか!」
「おう、力丸、おかえり。」
「手合わせなら、俺も一緒にやりたかったあ。」
「はっはっはっ。」
弐角の護衛か。同じ年頃の、動きやすそうな黒装束の男が、汗で貼りついた長い髪を手ぬぐいで拭きながらへたり込んでいる。
「若。この方は?」
「ん?力丸くんか?ここの住人やそうや。」
「……この屋敷、怖すぎます。勝てる相手がおらん。」
そんな会話を聞いていると、奥の引き戸が開いて白衣の料理人が顔を出す。
「できたぞー。」
「はーい。」
その声に部屋の中の人々がぞろぞろと立ち上がった。首を傾げていると、力丸と利胤と呼ばれていた老人が立ち上がりながら言う。
「お客様は座ってて。食事を持ってきます。」
「才蔵、お前も座っておれ。わしがお前のも若のも運んでやろう。」
「え?俺の分もあるんですか?」
「おお。あちらの二人の分もあるから、席に着かせておけ。」
「え?護衛も?あ、あの、席はどこに?」
「ああ、好きなとこに座ったらいいですよ。」
私の質問への答えはあっさりしていた。
「え?」
「あの座椅子が成人ので、その隣は殿下の席。それ以外はどこでもいいですよ。」
使用人も主人も関係なく、一緒に食事を?席すら自由に?
戸惑いながら、弐角の近くに座る。私と弐角の間に力丸が入ってくれて、反対の横に弐角の護衛の才蔵、その横に利胤が座った。私の隣に、嫌がる母を座らせる。ごねようとしたときに、楽な普段着に着替えた緋色殿下が成人さまを抱いて現れ、母は怒りを抑えながら席に着いた。その横に護衛の二人も座らせると、目の前に盆に乗せた料理が運ばれる。力丸と利胤の他にも、部屋に居た者が手分けして運んでくれたようだった。
殿下も、成人さまを座椅子に座らせると身軽に立ち上がる。
まさか、殿下も?と驚いている間に食事を取りに歩いていく。
誰もが当然のような顔で思い思いの席につき、ほかほかと湯気の上がる食事の前で手を合わせていた。
湯気の上がる食事。毒見も何もなく、受け取ってすぐに食べる食事。……初めてかもしれない。私は自然と手を合わせていた。
質素な食事だ。鶏肉と季節の野菜の炊き合わせ。ご飯、味噌汁、だし巻き玉子。これが、一汁二菜というものか。見慣れたものより濃い色味だが、皇都の特色なのだろうか。
見慣れた色味のだし巻き玉子を口に含んでみる。ふんわりと優しい味がした。
「壱臣さんのだし巻き玉子、美味しいでしょ?」
力丸の声に、ええ、とても、と答えた。母が隣で何か小さな声で言っているが、邪魔しないでほしい。
母上、あなたも味わうべきだ。
これは多分、私たちが壱臣兄上の料理を食べられる、最初で、最後の、晩餐なのだから。
497
お気に入りに追加
5,083
あなたにおすすめの小説
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる