【完結】人形と皇子

かずえ

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第四章 西からの迷い人

46 最後の晩餐 2  一二三

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 母の声に、まじまじと成人なるひとさま、と紹介された男の子を見る。使用人の制服と似た白いシャツと黒い半ズボン。右の袖は長いが左袖は半分の所で切られていた。その先に腕はない。シャツの襟に赤い線。袖口にも赤い鮮やかな線が入ってるのが見える。左目の上に傷痕があり、その左まぶたは閉じられていた。整った綺麗な顔に入った傷が、心をざわつかせる。大きな右目が、真っ直ぐにこちらを見ていた。

一二三ひふみと申します。今宵はお招き頂き、ありがとうございます。」

 九鬼くきと名乗ることはできなかった。成人なるひとさまの服の赤い線。あれは、他の使用人の服には無い。頭を下げた時に目に入った、ずいぶん可愛らしい柄の靴下も足先や縁取りが赤いのだ。貴色に包まれたこの方が、偽者であるとは思えない。
 
成人なるひとです。その挨拶は俺にはしなくていいよ。」

 挨拶に答えてくれたので、顔を上げる。

「それは、緋色ひいろ朱実あけみ殿下と父さまだけにしたらいいんだよ。」
「は、い……。」

 戸惑いつつ返事をする。

「父さまって?」
「陛下のことだよ。」

 部屋に入ってきた力丸りきまる弐角にかくの問いに答えた。軍服を脱いで、半袖のティーシャツとラフなカーゴパンツに着替えている。軍服では細身に見えていたが、その姿だとしっかりとしなやかな筋肉があるのがよく分かった。

「陛下がそう呼ばせてる。息子たちが呼んでくれないからって、赤璃あかり殿下と成人なるひとに。」
「陛下は、話しやすそうなお方ですねえ。」
「あれ?壱臣いちおみさんじゃ無かった?すみません、俺、壱臣いちおみさんだと思って話してました。初めまして。泉門院せんもんいん力丸りきまるです。」
「あ、九鬼くき弐角にかくです。初めまして。」
「あ、やっぱり壱臣いちおみさんの関係者。似てますねえ。」
「双子の弟です。」
「へええ。よろしくお願いします。」

 私を目の前にしても、弐角にかくはけろりと言った。母の喉から、ひっと悲鳴のような音が聞こえた。
 そして力丸りきまるは思いついたように成人なるひとさまの方へ近寄って、ただいま、と抱きつく。

「おかえりー。」

 すぐに二人の前に人影が現れて力丸りきまるを引き剥がした。気配もなく現れた壮年の男に、誰も驚きもしない。

「懲りんなあ。」
「ほんまに。」

 半助はんすけの言葉に壱臣いちおみ兄上が答えて、可笑しそうに二人で笑った。
 日常がそこにはあって。

半助はんすけさんも着替えて来たら?軍服だと窮屈だし。」

 力丸りきまるが何事も無かったように話すのを茫然と見ていた。

「そうさせてもらいます。」
「手伝うよ。」

 兄と二人で私の横を通りすぎる半助はんすけの右袖はやはり、ひらりひらりと揺れるだけ。

「腕、は……。」

 思わず出た私の言葉に足を止める。

「貴方が、それを聞くんか。」

 ああ。見慣れた冷たい眼差し。私と母を一瞥して二人は部屋を出ていった。


 

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