【完結】人形と皇子

かずえ

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第四章 西からの迷い人

26 こぼれた言葉  壱臣

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「雑炊、作ってきたんや。食べてくれるか……?」

 逞しかった腕が、すっかり細くなっている。いつも一つにまとめていた艶やかな長髪は、ぱさぱさと枕の上に散っていた。けた頬。顔色は悪いのに少し頬が赤いのは、熱があるんやろうか。

生松いくまつに点滴外してもらう。」 

 成人なるひと君が、とてとてと歩いて部屋を出ていった。
 勢いで来てしもたけど、半助はんすけはもう、置いていったうちの顔なんて見とうなかったらどうしよ。息して動いてるのが分かったら、ほっとして不安ばかりが浮かんでくる。思ってたより酷い体の状態が、すべてうちの所為やと思たら……。

「食べ、ます……。」

 微かな声に、びくっと震えてしまう。
 赤く潤んだ目が、こちらを見ていた。
 
「そ、そうか。うん。座らんとな。」

 ベッドに乗り上げて、背中に腕を入れ抱き起こす。ぐらぐらする体を支えて、何とか背中に枕を挟んだ。

ぬくいな。」
おみは冷えてる。寒うないか?」
「寒うなかったことなんて無いよ。」

 ずっと一人。
 迷惑をかけへんように、人から離れて。
 その温もりに寄りかからんようにすぐに離れようとすると、半助はんすけの左腕が背中に回った。
 弱々しく引き寄せられて戸惑う。

半助はんすけ?」
「なんで二本あるうちに、こうせえへんかったんやろ……。」

 ぬくい。あかん。離せんくなる。迷惑に……。
 
おみ。俺が怖いんか。」

 首を横に振る。
 怖いわけない。そんなわけない。
 離そうとして戻された両手が、どうしたらよいのかと宙に浮いている。胸がくっついて、ぬくい。

おみ。」

 耳元で優しい声。そこで囁かれるのはいつだって、心が冷たくなるような言葉だった。
 
 早う消えろ。
 まだ生きとったんか。

「あかん。」
おみ?」

 早う離れんとあかん。もう、心はそれを願うてしもている。
 
「何があかんの?」
ぬくいのを知ったらまた、欲しなる、から、離して……。」
「嫌や。」
「頼む……。うちはもう……。」

 部屋の扉が開く音。
 成人なるひと君が帰ってきた。

「はん、す、け……。」
おみ。怖ない。怖ないで。」

 いつの間にか震えていた背中をぎこちない腕が撫でる。

「怖い。半助はんすけが、またおらんようになるのが怖い……。」

 自分が離れたくせに。

「ずっと一緒にいたら怖くない?」
成人なるひと君……。」

 小さな手がうちの背中に加わって、なだめるように優しく叩く。
 あかんよ。
 温もりを増やしたらあかん。

おみ。まだ俺にできることはあるか?」

 あるよ。
 半助はんすけにしかできんこと。

「そばにいて……。」
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