【完結】人形と皇子

かずえ

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第四章 西からの迷い人

8 祝い酒  緋色

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 仕事が遅くなった。成人なるひとが風呂に入らず寝てしまうかもしれない、と晩飯は後回しにして部屋へ戻る。
 扉を開けると、ソファでうつらうつらしている姿が目に入った。やっぱりか。

成人なるひと。風呂に入るか?」

 体を揺すって声をかけると、はっと目を開けた。

「おかえり。」

 待ってた、と伝えてくる笑顔にこちらも思わず頬を緩める。

「ただいま。」
「今日ね、お外でご飯食べた。」
「は?」

 聞いてないぞ?
 外?弁当でも持って庭で食べたとかいう話か?誰と?

「食堂行った。美味しかった。」

 思わず低くなった俺の声に気付かず、成人なるひとはにこにこと話し続ける。
 食堂?食べれたのか?

「だし巻き玉子だよ。黄色くて美味しい。お土産に買ってきたけど、食べた?」

 せっかく楽しそうなのに水を差してはいけないと深呼吸した。

「いや、飯はまだだ。聞いたことない食べ物だな。」
「西の食べ物だって。」
「へえ。」

 話したいことがたくさんあって、頭の中の話に口から出てくる言葉が追い付かない時の喋り。この興奮がおさまってきたら、すぐに寝てしまうだろう。

「風呂に入りながら教えてくれるか。どうやって行ったんだ?」

 手早く風呂の準備をして抱き上げる。文句も言わずしがみついてくるので、疲れているようだ。

力丸りきまるが運転した。かっこいいね。俺も運転免許取るんだー。」
「そうか。」

 力丸りきまるがかっこいい、の部分は気に入らないが、やりたいことをはっきり自分から言ったのは初めてかもな。できるかどうかは別として、いいことだ。
 とりあえず風呂へ行く前に、姿は見えないが声はかけておいた。

荘重むらしげ。後で話を聞かせてもらうぞ。帰るなよ。」
「御意。」

 風呂で洗っている間も、聞いたことのない料理名が次々と出てきて、食堂にまた行くんだとか商店街を三人でまた歩きたいとか、今まで聞いたこともないほど、頑張って話していた。度々、俺たち親友だから、と出てくるのが少し苛つくが、八つ当たりは力丸りきまるにしてやろう。
 予想通り、湯船で話している途中にうとうとと寝始めた。
 俺もすっかり慣れたもので、手早く拭いて夜着を着せ部屋へと戻る。相変わらず軽いが、少しは大きくなったのか?まあ、以前に比べたらだいぶ食うようにはなったな。
 部屋には夕食が置かれていた。成人なるひとの軟らかい髪がまだ湿っているので、ソファに座っていつものうつ伏せ寝の体勢に抱える。
 荘重むらしげが、ソファ前の机の横に現れて膝をついた。左拳の上に右手を重ね、頭を下げる。

緋色ひいろ殿下に感謝を。村次むらつぐをここに雇って置いて頂いてありがとうございました。」

 静かに紡がれる言葉は、一度途切れて。

成人なるひとさまと力丸りきまるにも、感謝を。愛想のない村次むらつぐに呆れることなく、友だちだと、親友だと言ってくれる、なんと得難えがたい絆であることか……。」

 声は次第に震えて小さくなった。

村次むらつぐの笑顔を見たのは、二年ぶりです……。」

 やられた。
 やっぱり八つ当たり先は力丸りきまるだな。
 遅くなった夕食を引き寄せながら口を開く。

「酒。」

 すぐに立ち上がった背中に声をかけた。

「猪口は二つ持ってこい。」

 今夜は、孫の回復を喜ぶ祖父の祝い酒に付き合ってやるよ。
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