【完結】人形と皇子

かずえ

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第二章 人として生きる

80 緋椀 2

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「何をおっしゃっているんですか。後追いは駄目ですよ」

 作治さくじさんが聞き咎めて口を出した。

「ただの事実よ。後を追うとかじゃないの。いないと生きられないの」

 乙羽おとわさんが成人なるひとから体を離して淡々と言う。成人なるひとも、うんうんと頷いている。

「殿下と常陸丸ひたちまるには長生きしてもらわないといけませんね」

 溜め息をついた作治さくじさんは、何故かこちらを向いた。目が合って、思わず唇に手が行く。緋色ひいろ殿下が成人なるひとにキスを落とした時の、成人なるひとを見る目。とろりと愛しさが溶け出すようなあの目が、今、俺を見ている。
 顔に熱が集まりかけて、慌てて目を逸らした。作治さくじさんは、俺が死んだときのことを考えたのだろうか。本気で、ものすごく俺のことが好きなのか? 本当に?
 いずれ七条の家を継がなくてはいけない。血を残せないのに生まれたこの気持ちは、本能とは切り離されたところにあるものなのだろうか。緋色ひいろ殿下は、何故なんの躊躇いもなく、元は敵であったあの人形に愛を囁けるのだろう。……あの方は、とても自由だ。
 母上も、自由な方だった。皇家の姫でありながら、格の高い婚約者候補を全てふって、七条の家へ嫁にきた。

「この人の綺麗なお顔が大好きなの」

 とても美形な父上の、顔が好きだと母上は言う。そう言う母上も誰もが振り返る美女である。大人しい父上に、母上が押しかけたと思われている。けれど、母を見る父の目は、いつもとろりと蕩けていた。
 直ぐに生まれた兄上は、七条なのに皇位継承権を持ち、尊き御名を持っている。俺にも皇位継承権が付いた。二条から六条までの家より血統の良くなってしまった七条の扱いに困り、家主不在の一条に封じる話も出たが、父が一人っ子では七条の家主が不在になると、その話は一度は無くなった。けれど、今は兄と俺がいる。姉上と朱実あけみ殿下の結婚を機に、皇位継承権四位の兄上を一条として、五条となった赤虎せきとらさまより上にし、五位の俺を七条とすることになるのではないかとの噂を聞いた。
 一時いっときの感情に流されてはいけない。作治さくじさんへのこの気持ちは、戦場で助けてもらった吊り橋効果なのだ、きっと。
 戦場では、敵よりも味方から逃げる方が大変だった。両親のどちらに似ても整ってしまうこの顔で、興奮した兵士の中にいることは、あまりにも危険だったのだ。
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