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第二章 人として生きる
29 緋色 18
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たたき起こした生松と廊下で出会った乙羽を連れて部屋に戻ると、また右手を口に突っ込んで、声を堪えて丸まっている成人が見えた。
「噛むなと言っただろう」
慌てて駆け寄り、右手を口から出す。細い指に歯形が幾つも付いて、血が滲んでいるところもあった。
生松が、ざっと様子を見て、注射や点滴の準備を始める間にも、ふー、ふー、と息をして声を出さないように耐えている。乙羽がタオルを軽く濡らして持ってきて、脂汗を拭いてやる。
「成人、聞こえているな。何が辛いか言えるか。どこが痛い?」
「……だい、じょ、ぶ」
乙羽が溜め息をついた。まだ、それか。
「どこが痛いか言わないと治せない。生松はお医者さんだから、ちゃんと言ったら治せるのに成人が言わないから分からないそうだ。困ったな」
ふー、ふー、と息をしながらこちらを見てくる。ひっかかったかな。
「成人、大丈夫には見えません。治してあげたいのに、教えてくれないのですか」
俺の意図を察した生松が声をかける。あ、あ、と成人の口が開いた。
「い……たい。足、いた……ごめ、ごめん……なさ……」
「はい、分かりました。足に傷があるから、痛いですね。よく言えました」
優しく答えながら、生松が素早く注射を一本打つ。俺が押さえている間に、足の傷口の包帯を外して丁寧に消毒し、包帯をつけ直した。
呼吸が落ち着いて、体の震えが止まっていくのを見計らって点滴を取り付ける。
「ごめん……なさい」
小さな掠れた声が聞こえた。強張っていた体から力が抜けて、くったりとベッドに沈みこむ。
「なる。そういう時は、ありがとうって言うんだよ」
乙羽が教えると、目は閉じていたが、ありがと、と聞こえた。
三人でほっと息をつく。
「早朝に悪かったな」
「いいえ、いつでも呼んでください。私はそのためにいるんですから」
「助かった。乙羽もありがとう」
「いいえ、押しかけてすみません。私は昨日、あのまま寝てしまいましたので、早くに目が覚めて」
「……常陸丸がずっと言ってたことがやっと分かった。ちゃんと口で言わせなきゃ駄目なんだな」
「常陸丸さまが?」
「保護したばかりの頃な、成人は話せないふりをしてた。トイレ行きたいんだな、とか見てたら何となく分かるし、話せないふりも可愛くてほっといたんだが。常陸丸はいつも、口で言うまで手を出すな、と言っていた」
「話せないふり、というのはどうして分かったのですか?」
「寝言言うんだよ、こいつ。俺の名前、うっかり呟いたり。常陸丸に飴をもらって自分の名前を言っちゃったりな」
思い出すのも面白い。
「成人って、教えてくれたんだー」
「いや、十三」
「え?」
「十三って名前だったらしい」
「数字? 何それ、名前じゃないよ」
「ああ、だから俺が付けた」
「……いい名前です」
しん、として成人のか細い寝息が聞こえる。
「俺も、もう少し寝る」
成人の横に潜り込んだら、二人が静かに頭を下げて出ていった。
成人を少しベッドの端にずらしながら、もう少し大きなベッドを買おう、と思った。
「噛むなと言っただろう」
慌てて駆け寄り、右手を口から出す。細い指に歯形が幾つも付いて、血が滲んでいるところもあった。
生松が、ざっと様子を見て、注射や点滴の準備を始める間にも、ふー、ふー、と息をして声を出さないように耐えている。乙羽がタオルを軽く濡らして持ってきて、脂汗を拭いてやる。
「成人、聞こえているな。何が辛いか言えるか。どこが痛い?」
「……だい、じょ、ぶ」
乙羽が溜め息をついた。まだ、それか。
「どこが痛いか言わないと治せない。生松はお医者さんだから、ちゃんと言ったら治せるのに成人が言わないから分からないそうだ。困ったな」
ふー、ふー、と息をしながらこちらを見てくる。ひっかかったかな。
「成人、大丈夫には見えません。治してあげたいのに、教えてくれないのですか」
俺の意図を察した生松が声をかける。あ、あ、と成人の口が開いた。
「い……たい。足、いた……ごめ、ごめん……なさ……」
「はい、分かりました。足に傷があるから、痛いですね。よく言えました」
優しく答えながら、生松が素早く注射を一本打つ。俺が押さえている間に、足の傷口の包帯を外して丁寧に消毒し、包帯をつけ直した。
呼吸が落ち着いて、体の震えが止まっていくのを見計らって点滴を取り付ける。
「ごめん……なさい」
小さな掠れた声が聞こえた。強張っていた体から力が抜けて、くったりとベッドに沈みこむ。
「なる。そういう時は、ありがとうって言うんだよ」
乙羽が教えると、目は閉じていたが、ありがと、と聞こえた。
三人でほっと息をつく。
「早朝に悪かったな」
「いいえ、いつでも呼んでください。私はそのためにいるんですから」
「助かった。乙羽もありがとう」
「いいえ、押しかけてすみません。私は昨日、あのまま寝てしまいましたので、早くに目が覚めて」
「……常陸丸がずっと言ってたことがやっと分かった。ちゃんと口で言わせなきゃ駄目なんだな」
「常陸丸さまが?」
「保護したばかりの頃な、成人は話せないふりをしてた。トイレ行きたいんだな、とか見てたら何となく分かるし、話せないふりも可愛くてほっといたんだが。常陸丸はいつも、口で言うまで手を出すな、と言っていた」
「話せないふり、というのはどうして分かったのですか?」
「寝言言うんだよ、こいつ。俺の名前、うっかり呟いたり。常陸丸に飴をもらって自分の名前を言っちゃったりな」
思い出すのも面白い。
「成人って、教えてくれたんだー」
「いや、十三」
「え?」
「十三って名前だったらしい」
「数字? 何それ、名前じゃないよ」
「ああ、だから俺が付けた」
「……いい名前です」
しん、として成人のか細い寝息が聞こえる。
「俺も、もう少し寝る」
成人の横に潜り込んだら、二人が静かに頭を下げて出ていった。
成人を少しベッドの端にずらしながら、もう少し大きなベッドを買おう、と思った。
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