【完結】人形と皇子

かずえ

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第二章 人として生きる

25 緋色 15

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 轟音と共に崩れる建物に興味は無いので、さっさと帰ることにする。俺たちが城の敷地内に入ったときからついてきていた警備兵が、大騒ぎで駆け回っている。

緋色ひいろさま。ご説明を頂きたい」

 などと声がするが、とにかく早く帰って成人なるひとの手当てをしなければ。

「お待ちください。その子の手当てを。手当てをさせてほしい」

 くぐもった声に振り向くと、先ほど頬を張った白衣の男二人が必死で走ってくる。一応、手加減のつもりで利き手でない左で叩いたが右頬は真っ赤に手の跡が付き、喋りづらそうにしていた。

「早いほど、弾を取り出しやすい。そして私は外科手術を得意としています」
「麻酔は無しでか」
「そのままの状態で痛み止めも麻酔もかけられないなら、押さえつけて取り出してしまった方が体への負担も軽く、発熱なども少しですみます。いっそ取り出すときの強い痛みで気を失ってしまった方が、本人も楽な筈です」

 一理あるが、信用はできない。

「殿下に押さえていてもらえれば、その子も心強いでしょう。どうか、助けさせてください」

 両膝を付いて左拳の上に右手を重ねて掲げる。皇族への最上礼を受け、もう皇族ではない、と言おうとして皇族用の赤い軍服を着てきたことを思い出した。仕方ない。

「夕食までには帰る約束がある。いいな」


 城に付属の病院は、流石の立派さで最新の道具類が揃っているらしい。右頬を腫らした二人の白衣の男は、黙々と準備を進めた。
 冷たい手術台の上に乗って成人なるひとの上半身を抱いて座る。右手をにぎって抱え込んだ。余程痛いのだろう。成人なるひとの体の強張りが取れない。
 常陸丸ひたちまるが足を押さえた。ほとんど力は入らないが、念のためであるらしい。
 オムツも付けて、口にはタオルを詰め込んだ。舌を噛まないように、と言う。麻酔をせずに手術なんて、いつの時代の話だ。準備段階で、ふつふつと怒りが湧いてくる。
 作業が始まった。我慢強い成人なるひとが、唸り声を上げて仰け反りそうになるのを必死で押さえる。涙と汗で濡れていく顔を拭ってやりたいが、手を離せない。自分の一呼吸毎に、胸に冷たい水が落ちていくようだ。成人なるひと成人なるひとと名前を呼んでやることしかできない。
 力が入らない筈の足も、たまにびくっと跳ねようとする。常陸丸ひたちまるが、泣きそうな顔で耐えていた。
 一際ひときわ、体に力が入ったかと思うと、くたりと抜けた。慌てて手の力を緩める。手伝いをしていた若い方の白衣の男が近寄ってきて、成人の口のタオルを取り、顔の汗や涙を優しく拭いた。

「もう、大丈夫です。終わりました」

 疲れた。先ほどまでの戦闘より疲れた。すぐに腕の中へ成人の全身を抱き込んで、手術台から降りる。

「帰るぞ、常陸丸ひたちまる
「あー、くそっ。腹が立ちすぎて、収まらない」
「夕食までには帰ると乙羽おとわに約束した。今日はここまでだ」

 手術室前の護衛を任せていた利胤としたねも収まらない顔をしていたが、乙羽おとわとの約束は守らないと、と言うと納得した。

「あの、その子の名前はなるひとと言うのですか」

 追いかけてきた若い白衣の男が言う。

成人なるひとが名乗らなかったのなら、その名を口にすることは許さん」

 歩きながら答えると、ただ黙って頭を下げていた。
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