【完結】人形と皇子

かずえ

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第二章 人として生きる

9 緋色 11

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 ひゅっ、と吸った息が冷たく胸に落ちた。
 三年……?
 成人なるひとを抱く手が震える。落とさないように引き寄せると、嬉しそうにもたれかかってくる。
 しん、と静まり返る部屋の中。
 生松いくまつは、一度目を閉じて深呼吸した後、ゼリー飲料を手に部屋を出た。
 常陸丸ひたちまるは、震える手で乙羽おとわを抱きしめた。
 さいは、顔を両手で覆い、うずくまった。ああ、神様……、と微かに呟くのが聞こえた。
 息を吸う度に、胸がひゅっと音を立てるような気がした。

 おびただしい死体。むせかえる血の臭い。銃で撃たれて、爆弾で焼かれた肉の焦げる臭い。死体から出る脂で、口元がぬめるような、気持ち悪さ。一瞬たりとも気の抜けない、あの場所に。
 三年。

 もしかして、今、すごい幸せなんですかね、と常陸丸ひたちまるが言ったことがあった。
 ベッドの上で、飽きもせずにコロコロしている成人なるひと。しゃべりもせず、ただ機嫌良くそこに居た。
 銃を向けられても、淡々と。
 頭を撫でると、嬉しそうに目を細めた。
 どんな食べ物にも口を開ける。美味しそうに食べる。
 いつ殺されるかも分からない敵の部屋で。
 そこにあったのは、諦念ていねんではなく、喜び。幸せなのだ、間違いなく。小さなベッドの上に、一生分の幸せがあったのだ。

 よろよろと、ソファに戻って座り込んだ。流れてくる涙が止められず、右手で顔を覆うと、腕の中の成人なるひとが不思議そうに見上げてくる。
 すごいな、頑張ったな、と褒めてやれば喜ぶのだろうか。けれど、声を出すことはできず、ただただ、左手に力を込めるだけだった。
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