【完結】余四郎さまの言うことにゃ

かずえ

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九十五

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「私も早く婚儀がしたい」

 機嫌よく料理を食べながら余四郎が言った。伊良は、嬉しくてにこにこと笑う。自分も、その日が楽しみだなあと考えていたから。四郎も楽しみにしてくれていることが嬉しかった。

「四郎さまたちより先に、先生たちですよ。藤兵衛さまや左近さまもです。若様方の護衛さま達も。なんでうちの人たちはこんなに縁遠いんでしょうかねえ」

 絶対に皆で膳を囲むのだと時行が言ったの中に、良庵の屋敷の使用人たちも含まれていた。使用人などと膳を囲むなどとんでもない、と言うような人間はもう、時行たちの近しい所に残ってはいない。だから、たみも寅次郎もうめも、部屋の端で同じ膳を囲んでいた。もちろん、使用人としての仕事もしながらの形である。ただ座って御馳走を頂くなんて申し訳ない、落ち着かない、といったたみ達には、そんな形が丁度良いようであった。
 余四郎の言葉にいち早く反応したのは、本日の立役者、たみである。たみは、伊良の元服の時と同じく、今回も駆けずり回って婚儀の準備をしてくれたのだ。この年になってこんなにいい思いができるなんてねえ、と御馳走を楽しんでいた。
 だが、婚儀の準備に走り回り、こうして時行と行成が三々九度で交わす様子を見ていると、従来からの懸念がふつふつと湧いてきたようだ。私はこのままでいいんだ、もう見合いの話は勘弁してくれ、とはっきり良庵に言われてからは下火となっていた愚痴が、ぽろりと零れ落ちてきた。
 少し静かになってしまった室内で、草庵がふっと背筋を伸ばして改まった声を出す。

「ああ、たみさん」

 頬にうっすら赤みが差しているから、少し酔っているのかもしれない。

「今、よい格好をしているし、ちょうど道具もある。私たちも三々九度をさせてもらってもよいかなあ」
「へ?」

 室内はますます静かになった。
 伊良も、ぽかんと口を開ける。草庵に、そんなお相手がいることを知らなかった。今、ということは、今ここに、その相手を呼んであるのだろうか。

「こら、草庵。何を訳の分からんことを……」
「先生、生涯お側にいます。いさせてください。おいらと、三々九度しましょう」
「……酔っているな、お前」
「いいえ。大まじめです」

 ん? 今、なんて?
 室内は、ぽかんとする者と、くくっと笑うものに分かれた。

「こりゃあ、目出たい」

 そう言ったのは、草庵と同じくらいに顔の赤い左近だ。行成の護衛として時行に雇われている左近は、この屋敷に住んで長い。左近は、ずいぶんとくつろいだ様子で頬を緩めていた。手酌で酒を満たした猪口を持ち上げると、同じく伊良の護衛として余四郎に雇われ、良庵の屋敷で暮らしている藤兵衛の猪口に、かちんとそれを合わせる。

「良庵先生、いい機会だ。頼りになる伴侶がいるから伴侶の心配はいらない、とたみ達にちゃんと知らせておきなさい」
「……」

 声も出せずにいる良庵に、左近が畳みかけるように言った。

「なんだ? 良庵と草庵も婚儀をするのか。よいなあ。よいなあ。私たちも形だけでもしたいなあ」

 余四郎が無邪気にうらやむ言葉に押されるように、時行と行成が笑顔でひな壇を譲る。
 口を閉じ、うつむいたまま、それでも草庵に手を引かれてひな壇に上がった良庵は、注がれた酒に、きちんと形式に則って口を付けた。
 それは、大層めでたい日だった。
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