【完結】余四郎さまの言うことにゃ

かずえ

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八十四

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「はは。なんだ、それは」

 だが、直井は太田の言葉を豪快に笑い飛ばした。

「殿や若様方には、それぞれに担当の医師が決まっていることは存じておろう、太田殿? 良庵は時実さまの担当ではなく、時行さまと四郎さまの担当であるぞ」

 張りのある声で続けたのは、誰もが知っているはずのことだ。

「そんなことは存じておる」

 太田が返した言葉も、至極当然のもの。

「ならば何故、担当でもない良庵が治療をして時実さまの病状が悪くなった、などという話になるのだ?」
「知らぬ。が、そういった話が聞こえてきたのだ」

 二人の話に聞き耳を立て始めたのは伊良だけではなかったらしい。

「私も聞きました」
「私も」

 幾人かが賛同の声を上げ、ざわ、と室内が揺れた。

「私も聞いた。恐ろしいことだ」

 父、飯原成就なりなりも声を上げる。よくない噂を否定するのではなく、肯定する形で。
 ああ、と伊良は肩を落とした。間違っていればよいのに、と願った伊良の考えは、間違っていなかったようだ。
 室内のざわめきが増していく中、父の声が響く。

「お恥ずかしながら、良庵と申す医師はそこにいる息子の烏帽子親えぼしおやでな。このような嫌疑のかかった者と繋がりがあるとあっては、許婚いいなずけの余四郎さまに瑕疵かしがつくのではと気が気ではなかったのだ。誠に申し訳なく、余四郎さまのためにも、まずは、良庵に世話になっておる屋敷を出ろと息子に連絡をしたが、とんと返事も来ぬ。なにか、良庵と共に良からぬことを企んでおるのではないかと心痛める日々であった」

 余四郎さまのために?
 そんなこと、ふみには一言も……。
 伊良が目を瞬いている間に、父の言葉は続いた。

「皆様に、我が家は誓って潔白であると証明したく存ずる。嫌疑のある烏帽子親を持つ息子と余四郎さまの婚約は、、解消するがよいのやもしれんと考えておる次第。方々かたがた如何いかがか?」
「い、飯原殿がよろしいのなら、それもありやと」
しかり」
 
 父の言葉に、間髪入れず賛同の声が上がった。
 父は、余四郎さまと自分の婚約を解消したがっているかもしれない、と予想していたはずなのに、それでも、しっかりと言葉にされて伊良は動揺した。
 余四郎さまと伊良の婚約を余四郎さまのために解消する。
 伊良はその言葉に弱かった。余四郎さまのために、と言われてしまうと、伊良にできることなら何でもしようと考えてしまうのだ。たとえ余四郎がそれを望んでいなくとも。

「次は私か。あきれるな」

 余四郎が、子どもの甲高い声に似合わぬ冷たい調子で言った。伊良は、はっと頭を振る。
 そうだ。おかしい。父は何を言っているんだ?
 その理由で婚約解消などあり得ない。だって、良庵先生は、何も疑われるようなことをしていないのだから。
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