40 / 110
四十
しおりを挟む
その日は結局、そのまま、小太郎も時行も、もちろん余四郎も良庵の屋敷へ居座り、大層賑やかな休日となった。人が増えて、伊之助が朝に準備した食べ物だけでは足りなくなってしまったため、子どもたちと草庵は昼前に町へ出かけて、食べ物を調達することにした。あまり動きたくない良庵は、いつも通りの留守番だ。
昼は、共に出かけた皆で蕎麦屋の屋台で食べた。時行と小太郎は、屋台での食事が初めての体験だったらしい。最初は、おっかなびっくり出てきた蕎麦に口を付けたが、やがてひとすすりすると、
「うまい!」
「美味しい……」
と、声を上げた。藩校の休日には、ほとんどの時間を良庵の屋敷で過ごしている余四郎は、すでに何度か伊之助と草庵と共に蕎麦を食べたことがあったので、そうだろうそうだろうと、もっともらしく頷いていた。伊之助は、得意げに頷いている余四郎を、可愛いなあと眺めた。先ほど、不覚にも涙をこぼしてしまった伊之助を抱きしめてくれた際には、大層格好が良かったが、今はとても可愛い。格好良くて可愛い四郎さまが、伊之助は大好きだった。
この人と、これからもずっと一緒なのだなあ、と思うと伊之助は、嬉しくて頬が緩むのを止められない。今泣いた烏がもう笑った、ってのはこういうことか、なんて考えて、ますます頬は、にこにこと緩んでいった。
余四郎は、二回も朝食を食べたはずなのに、大人と同じ量の蕎麦をぺろりと平らげた。朝食が遅かったため、一人前入らなかった伊之助と小太郎の分は、時行が全部平らげてくれた。
腹が膨れた後は、ぶらぶらと歩いて店や屋台を覗く。
留守番の良庵の昼食にと、屋台で稲荷ずしを買った。それも味見をしたい、と言った時行の分と、私も、と小さな声で言った小太郎の分、私も食べる、と当然のように言った余四郎の分も付け足しで買った。それを八つ時に食べようか、などと言いつつ歩いていると、団子屋の前でも余四郎が足を止める。みたらしの付いた団子からは良い匂いが漂っていて、結局、それも皆の分買った。時行と余四郎の護衛や小姓の分、良庵の屋敷で待つ、直井家からの小太郎の迎えの者の分まで大盤振る舞いである。
散々に寄り道して屋敷へ帰った。とても楽しかったと、皆が笑顔であった。たくさんの土産を見た良庵は、やれやれと言いつつ笑った。
「子どもがたくさんいると、食い物代がかかって仕方ねえなあ」
なんてぼやくから、伊之助が申し訳なさに身を縮めると、ああ、そうじゃねえ、伊之助、と頭を撫でてくる。
「幸せだってことだ。私は幸せなんだよ」
「ちげえねえ」
草庵も、笑って頷いている。
「私たちは二人でも充分幸せだったけど、伊之助がうちに来て、もっと幸せになった。それは間違いねえよ」
「そ、そうですか……」
「とはいえ、若様方の食欲が旺盛なのには困ったもんだ。特別手当の申請ができないもんですかねえ」
「父上に会えたら伝えておこう」
時行が気安く請け負う言葉に皆で笑った。
小太郎の突然の訪問から始まった一日は、このようにして、大層楽しい一日となった。
昼は、共に出かけた皆で蕎麦屋の屋台で食べた。時行と小太郎は、屋台での食事が初めての体験だったらしい。最初は、おっかなびっくり出てきた蕎麦に口を付けたが、やがてひとすすりすると、
「うまい!」
「美味しい……」
と、声を上げた。藩校の休日には、ほとんどの時間を良庵の屋敷で過ごしている余四郎は、すでに何度か伊之助と草庵と共に蕎麦を食べたことがあったので、そうだろうそうだろうと、もっともらしく頷いていた。伊之助は、得意げに頷いている余四郎を、可愛いなあと眺めた。先ほど、不覚にも涙をこぼしてしまった伊之助を抱きしめてくれた際には、大層格好が良かったが、今はとても可愛い。格好良くて可愛い四郎さまが、伊之助は大好きだった。
この人と、これからもずっと一緒なのだなあ、と思うと伊之助は、嬉しくて頬が緩むのを止められない。今泣いた烏がもう笑った、ってのはこういうことか、なんて考えて、ますます頬は、にこにこと緩んでいった。
余四郎は、二回も朝食を食べたはずなのに、大人と同じ量の蕎麦をぺろりと平らげた。朝食が遅かったため、一人前入らなかった伊之助と小太郎の分は、時行が全部平らげてくれた。
腹が膨れた後は、ぶらぶらと歩いて店や屋台を覗く。
留守番の良庵の昼食にと、屋台で稲荷ずしを買った。それも味見をしたい、と言った時行の分と、私も、と小さな声で言った小太郎の分、私も食べる、と当然のように言った余四郎の分も付け足しで買った。それを八つ時に食べようか、などと言いつつ歩いていると、団子屋の前でも余四郎が足を止める。みたらしの付いた団子からは良い匂いが漂っていて、結局、それも皆の分買った。時行と余四郎の護衛や小姓の分、良庵の屋敷で待つ、直井家からの小太郎の迎えの者の分まで大盤振る舞いである。
散々に寄り道して屋敷へ帰った。とても楽しかったと、皆が笑顔であった。たくさんの土産を見た良庵は、やれやれと言いつつ笑った。
「子どもがたくさんいると、食い物代がかかって仕方ねえなあ」
なんてぼやくから、伊之助が申し訳なさに身を縮めると、ああ、そうじゃねえ、伊之助、と頭を撫でてくる。
「幸せだってことだ。私は幸せなんだよ」
「ちげえねえ」
草庵も、笑って頷いている。
「私たちは二人でも充分幸せだったけど、伊之助がうちに来て、もっと幸せになった。それは間違いねえよ」
「そ、そうですか……」
「とはいえ、若様方の食欲が旺盛なのには困ったもんだ。特別手当の申請ができないもんですかねえ」
「父上に会えたら伝えておこう」
時行が気安く請け負う言葉に皆で笑った。
小太郎の突然の訪問から始まった一日は、このようにして、大層楽しい一日となった。
637
お気に入りに追加
474
あなたにおすすめの小説

学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】

幸せになりたかった話
幡谷ナツキ
BL
このまま幸せでいたかった。
このまま幸せになりたかった。
このまま幸せにしたかった。
けれど、まあ、それと全部置いておいて。
「苦労もいつかは笑い話になるかもね」
そんな未来を想像して、一歩踏み出そうじゃないか。

勘弁してください、僕はあなたの婚約者ではありません
りまり
BL
公爵家の5人いる兄弟の末っ子に生まれた私は、優秀で見目麗しい兄弟がいるので自由だった。
自由とは名ばかりの放置子だ。
兄弟たちのように見目が良ければいいがこれまた普通以下で高位貴族とは思えないような容姿だったためさらに放置に繋がったのだが……両親は兎も角兄弟たちは口が悪いだけでなんだかんだとかまってくれる。
色々あったが学園に通うようになるとやった覚えのないことで悪役呼ばわりされ孤立してしまった。
それでも勉強できるからと学園に通っていたが、上級生の卒業パーティーでいきなり断罪され婚約破棄されてしまい挙句に学園を退学させられるが、後から知ったのだけど僕には弟がいたんだってそれも僕そっくりな、その子は両親からも兄弟からもかわいがられ甘やかされて育ったので色々な所でやらかしたので顔がそっくりな僕にすべての罪をきせ追放したって、優しいと思っていた兄たちが笑いながら言っていたっけ、国外追放なので二度と合わない僕に最後の追い打ちをかけて去っていった。
隣国でも噂を聞いたと言っていわれのないことで暴行を受けるが頑張って生き抜く話です

彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる