余四郎さまの言うことにゃ

かずえ

文字の大きさ
上 下
40 / 109

四十

しおりを挟む
 その日は結局、そのまま、小太郎も時行も、もちろん余四郎も良庵の屋敷へ居座り、大層賑やかな休日となった。人が増えて、伊之助が朝に準備した食べ物だけでは足りなくなってしまったため、子どもたちと草庵は昼前に町へ出かけて、食べ物を調達することにした。あまり動きたくない良庵は、いつも通りの留守番だ。
 昼は、共に出かけた皆で蕎麦屋の屋台で食べた。時行と小太郎は、屋台での食事が初めての体験だったらしい。最初は、おっかなびっくり出てきた蕎麦に口を付けたが、やがてひとすすりすると、 

「うまい!」
「美味しい……」

 と、声を上げた。藩校の休日には、ほとんどの時間を良庵の屋敷で過ごしている余四郎は、すでに何度か伊之助と草庵と共に蕎麦を食べたことがあったので、そうだろうそうだろうと、もっともらしく頷いていた。伊之助は、得意げに頷いている余四郎を、可愛いなあと眺めた。先ほど、不覚にも涙をこぼしてしまった伊之助を抱きしめてくれた際には、大層格好が良かったが、今はとても可愛い。格好良くて可愛い四郎さまが、伊之助は大好きだった。
 この人と、これからもずっと一緒なのだなあ、と思うと伊之助は、嬉しくて頬が緩むのを止められない。今泣いた烏がもう笑った、ってのはこういうことか、なんて考えて、ますます頬は、にこにこと緩んでいった。
 余四郎は、二回も朝食を食べたはずなのに、大人と同じ量の蕎麦をぺろりと平らげた。朝食が遅かったため、一人前入らなかった伊之助と小太郎の分は、時行が全部平らげてくれた。
 腹が膨れた後は、ぶらぶらと歩いて店や屋台を覗く。
 留守番の良庵の昼食にと、屋台で稲荷ずしを買った。それも味見をしたい、と言った時行の分と、私も、と小さな声で言った小太郎の分、私も食べる、と当然のように言った余四郎の分も付け足しで買った。それを八つ時に食べようか、などと言いつつ歩いていると、団子屋の前でも余四郎が足を止める。みたらしの付いた団子からは良い匂いが漂っていて、結局、それも皆の分買った。時行と余四郎の護衛や小姓の分、良庵の屋敷で待つ、直井家からの小太郎の迎えの者の分まで大盤振る舞いである。
 散々に寄り道して屋敷へ帰った。とても楽しかったと、皆が笑顔であった。たくさんの土産を見た良庵は、やれやれと言いつつ笑った。

「子どもがたくさんいると、食い物代がかかって仕方ねえなあ」

 なんてぼやくから、伊之助が申し訳なさに身を縮めると、ああ、そうじゃねえ、伊之助、と頭を撫でてくる。

「幸せだってことだ。私は幸せなんだよ」
「ちげえねえ」

 草庵も、笑って頷いている。

「私たちは二人でも充分幸せだったけど、伊之助がうちに来て、もっと幸せになった。それは間違いねえよ」
「そ、そうですか……」
「とはいえ、若様方の食欲が旺盛なのには困ったもんだ。特別手当の申請ができないもんですかねえ」
「父上に会えたら伝えておこう」

 時行が気安く請け負う言葉に皆で笑った。
 小太郎の突然の訪問から始まった一日は、このようにして、大層楽しい一日となった。 
  
しおりを挟む
感想 177

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

幸せになりたかった話

幡谷ナツキ
BL
 このまま幸せでいたかった。  このまま幸せになりたかった。  このまま幸せにしたかった。  けれど、まあ、それと全部置いておいて。 「苦労もいつかは笑い話になるかもね」  そんな未来を想像して、一歩踏み出そうじゃないか。

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

尊敬している先輩が王子のことを口説いていた話

天使の輪っか
BL
新米騎士として王宮に勤めるリクの教育係、レオ。 レオは若くして団長候補にもなっている有力団員である。 ある日、リクが王宮内を巡回していると、レオが第三王子であるハヤトを口説いているところに遭遇してしまった。 リクはこの事を墓まで持っていくことにしたのだが......?

前世である母国の召喚に巻き込まれた俺

るい
BL
 国の為に戦い、親友と言える者の前で死んだ前世の記憶があった俺は今世で今日も可愛い女の子を口説いていた。しかし何故か気が付けば、前世の母国にその女の子と召喚される。久しぶりの母国に驚くもどうやら俺はお呼びでない者のようで扱いに困った国の者は騎士の方へ面倒を投げた。俺は思った。そう、前世の職場に俺は舞い戻っている。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

みどりとあおとあお

うりぼう
BL
明るく元気な双子の弟とは真逆の性格の兄、碧。 ある日、とある男に付き合ってくれないかと言われる。 モテる弟の身代わりだと思っていたけれど、いつからか惹かれてしまっていた。 そんな碧の物語です。 短編。

息の仕方を教えてよ。

15
BL
コポコポ、コポコポ。 海の中から空を見上げる。 ああ、やっと終わるんだと思っていた。 人間は酸素がないと生きていけないのに、どうしてか僕はこの海の中にいる方が苦しくない。 そうか、もしかしたら僕は人魚だったのかもしれない。 いや、人魚なんて大それたものではなくただの魚? そんなことを沈みながら考えていた。 そしてそのまま目を閉じる。 次に目が覚めた時、そこはふわふわのベッドの上だった。 話自体は書き終えています。 12日まで一日一話短いですが更新されます。 ぎゅっと詰め込んでしまったので駆け足です。

処理中です...