余四郎さまの言うことにゃ

かずえ

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三十一

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 涙というものは、あふれ出したら止まらぬものらしい。二人は、ただ静かに、しばらくひくひくと喉を鳴らし続けた。こんな時でも、声の上げ方を知らない二人だ。
 感情を激しく表に出すことなく生きてきたのは、小太郎だけではなかったのだ。
 だが、伊之助がそのことに気付くことはない。伊之助は、小太郎さまは大変だったなあ、頑張ってて偉いなあと思って泣いた。
 ようやく涙を止めて、すっかり冷めた茶を口にしたのはどちらが先だったか。 

「……なんだか、疲れましたねえ」
「ああ。何もしていないのにな……」

 そんなことを呆然と言いあっていると、くるるとそれぞれの腹が鳴った。

「泣いたら、腹まで減るんですね」
「みたいだな」

 感情を抑えて生きてきた二人にとって、経験したことのない疲れだ。激しく体を動かしたわけでもなく、頭をたくさん使って勉強をしたわけでもないのに、なんだかぐったりしている。

「小太郎さま、朝餉は……」
「実は、とっていないんだ……」
「私もまだなんです。あの、私の作った味噌汁と握り飯で良ければ共に食べませんか? たみさんが置いていってくれた漬物もあるんですよ」

 たみさんは、この屋敷に通う使用人だ。歳が幾つなのか教えてくれないから伊之助は知らないが、使用人たちの中で一番年上で、結構な年嵩らしい。毎日元気に歩いてやってきて、ちゃきちゃきと働いて帰っていく。漬物や梅干を作るのが上手で、置いて行ってくれる品はいつも絶品だった。遊びに来た時のお茶うけにたみさんの漬物を食べたことのある小太郎が、目を輝かせる。

「たみの漬物か。でも、いいのか。先生たちの分は……」
「四郎さまが、私の作ったご飯を食べたいと言うのを見越して多めに作ったから、大丈夫だと思います」

 余四郎は、城で食べてきた後でも、伊之助が作った、と聞くと食べたがることが多い。うまいうまいと、笑顔で一人前平らげてしまう。

「そうすると、四郎さまの分がなくなるのでは?」
「四郎さまは食べてきているからいいんですよ。食べすぎです」

 二人は顔を見合わせて、くすくす笑う。
 なんだろう。とても疲れているが、すっきりとした気分だった。

「ひどい顔だな、伊之助」
「小太郎さまこそ」

 お互いに、赤く腫れあがった目元を見てまた笑う。
 伊之助が、よっこいしょ、と立ち上がると、小太郎も立ち上がった。

「ついて行ってもよいか」
「はい、もちろん」

 と、そこで、どんどんどん、と大きく玄関の戸が叩かれる。

「あ、四郎さ」
「伊之助! 伊之助、おるか! こちらにこたが来てはおらぬか!」

 伊之助が予想したのと別の声が、焦った様子でかけられた。
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