余四郎さまの言うことにゃ

かずえ

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二十八

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 伊之助は、驚いてそんな小太郎を見た。小太郎が、一人でこの家を訪ねてきたのは初めてだったし、こんな風に歯切れの悪い様子を見せたことも初めてだった。いつも、凛と背筋を伸ばして前を向いている小太郎がしょぼくれている。

「あの、どうぞお入りください」

 招けば小太郎は、素直にうんと頷いて中に入ってきた。
 伊之助の部屋に案内して、小太郎が遊びに来た時にいつも使う座布団を出す。小太郎は、何も言わずにぽすんと腰を下ろした。

「お茶をお持ちします。お待ちください」
「ああ」

 伊之助は大急ぎで茶を淹れて、盆に二つ運んできた。小太郎は、ただ座ってそこで待っていた。

「どうぞ」
「あ、ああ。すまない」

 茶を差し出した伊之助に、小太郎はまた謝った。そのまままた、口を閉じてしまう。
 伊之助は首を傾げつつ、小太郎の目の前に自分の座布団を置いて腰を下ろす。ふうふうと、何度も湯呑みに息を吹きかけてからようやく茶に口を付け、それでもまだ、あち、と言った。そんな伊之助を見て、ようやく小太郎が口を開いた。

「ふふ。それだけ冷ましたのに、まだ熱いのか」
「淹れたてですから。小太郎さまだって、まだ口を付けてねえじゃありませんか」
「私は平気だ」

 小太郎はそう言うと、一度だけふうと湯気を飛ばして湯呑みに口を付けた。ずず、とすすって、ほう、と息を吐く。
 そして、また湯呑みをふうふうとし始めた伊之助を見た。

「つい先日」
「はい」

 伊之助は、湯呑みから口を離して小太郎を見る。

「元服の儀を終えられただろう?」
「はい」

 小太郎は、誰がとは言わなかったが、梅千代さまのことだ、と伊之助はすぐに察した。梅千代はまだ十二の誕生日は迎えていないが、父親である殿様が、三年に一度の将軍様へのご挨拶へ赴く前にと元服の儀を済ませたのだ。これからは、幼名の梅千代ではなく、殿様の名から一字をもらい受けて付けられた、時行ときゆきという名で呼ばれることとなる。
 伊之助と小太郎の同級の者たちは同様に、次々と元服の儀を済ませていっているところだった。

「それを聞いた父が、来年は信次郎も元服だな、うちも準備をせねばな、と仰ったのだ」
「はい」

 伊之助は、小太郎の弟、信次郎を思い出そうとした。が、あまりはっきりとは思い浮かばない。藩校で共に学んではいるが、全く話したことがなかったのだ。小太郎と信次郎が話をしているのも、見かけたことはなかった。ただ、周りの者の話から、小太郎の弟がどの子なのかを知っただけ。小太郎さまとは似ていないのだな、と思ったことだけ覚えている。

「私の、元服は、準備をされていない、と、いうことだろうか……」

 伊之助は、ぽかんと口を開けた。
 本当だ。小太郎の父の言い方では、小太郎の元服の準備がされていないことになる。
 小太郎はもうすぐ十二だ。小太郎は信次郎の兄なのだから、直井の家で元服の儀をするのなら、小太郎から先のはずなのに。
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