余四郎さまの言うことにゃ

かずえ

文字の大きさ
上 下
24 / 37

二十四

しおりを挟む
「た、玉乃川……?」

 首を傾げる子どもたちをかき分けて、入り口から動けなくなっていた伊之助のもとに来た師範が、呆然と声を上げる。それから、ばっと膝をついて平伏した。

「わ、若様」

 師範の様子を見た子どもたちが、ええ? えええ? と声を上げながらも、次々に師範に倣って膝をつく。戸惑う年少の子どもたちを年長の子が押さえて、ずらりと下がった頭が並んだ。
 余四郎に手を繋がれて動けなかった伊之助が呆然としていると、余四郎のしっかりとした声がかかる。

「おもてをあげよ」
「は、ははっ」

 師範は、余四郎の言葉に従って顔を上げたが、そのまままた、動きを止めた。子どもたちも、おそるおそる顔を上げて固まっている。

「いの」
「は、はい、四郎さま……」

 そんな人々に動じることもなく、余四郎は隣で立ち尽くす伊之助を見上げた。
 自分も、あちらで皆と同じ姿勢を取らなければならなかったのではないか、と伊之助は慌てたが、余四郎は伊之助の手を離さない。どうやら、ここにいていいものであるらしい。

「いののようじがあるのであろ?」
「え? あ、はい……」

 よし、と頷く余四郎はもう、自分のやることは済んだとばかりの姿勢だ。後は、伊之助がこの状況を何とかするのであるらしい。そのことに気付いて、伊之助は途方に暮れた。
 自分が?
 つい先ほどまで、このひざまずく人たちと共に居た自分が?
 伊之助は余四郎を見た。いつもと変わらぬ姿で、余四郎はそこに立っている。
 そうか。そうだった。四郎さまは若様で……。
 そして、そんな若様の、伊之助は許婚なのだ。
 伊之助は少し考えて。それから、余四郎の手をそっと離して師範の前に膝をついた。

「先生。おいら、藩校に行けって言われました。四郎さまの、若様の許婚になったから。でも……」

 今までのようにこちらに通いたいです、と言いたくて、でも言えなくて、伊之助は一度口をつぐんだ。ずっとここに通って、何か町での仕事を紹介してもらって、そうして、働きながら生きていくのだろうな、と考えていた。ここに通う皆がそうであるように。
 けれど、どうやら伊之助はそうではなくなったようだ。
 はい、と言うしかなかったけれど、はい、はい、と返事をしていたらこうなった。こうして、膝をつく人々を見下ろすような立場に、なっていた。
 伊之助は、ふる、と首を横に振ってから、黙って耳を傾けてくれる師範に向かって言葉を続ける。

「あの、お礼を言いに、来ました。今まで、お世話になりました」
「伊之助、さま……」

 本当は、ここに通いたい。急に、違うところへ行けと言われて戸惑っている。父の言うことには、はい、と返事をするしかできないのだけれど、伊之助にだってそうした自分の気持ちがあるのだ。
 せめて、兄の姿が藩校から見えなくなるまでは藩校には行きたくない、とか。でも、それは無理だ。四郎は若様だから。そんな若様の、伊之助は許婚だから。

「おいら、ここで学んだこと、忘れません。ありがとうございました」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

その部屋に残るのは、甘い香りだけ。

ロウバイ
BL
愛を思い出した攻めと愛を諦めた受けです。 同じ大学に通う、ひょんなことから言葉を交わすようになったハジメとシュウ。 仲はどんどん深まり、シュウからの告白を皮切りに同棲するほどにまで関係は進展するが、男女の恋愛とは違い明確な「ゴール」のない二人の関係は、失速していく。 一人家で二人の関係を見つめ悩み続けるシュウとは対照的に、ハジメは毎晩夜の街に出かけ二人の関係から目を背けてしまう…。

愛する人

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」 応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。 三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。 『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

諦めようとした話。

みつば
BL
もう限界だった。僕がどうしても君に与えられない幸せに目を背けているのは。 どうか幸せになって 溺愛攻め(微執着)×ネガティブ受け(めんどくさい)

処理中です...