余四郎さまの言うことにゃ

かずえ

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十九

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 骨の傷んでいる右腕は、流石にすぐに治りはしない。だが、その他の、ひどく打たれた部分の怪我は、安静にして湿布薬をこまめに替えてもらっているうちに、次第に腫れが引いて行った。しっかりと食事をして、たくさん寝たのも良かったのだろう。伊之助は、みるみる元気になった。
 そうなると、実家で、寺子屋へ行く時間以外はずっと使用人たちの仕事を手伝っていた伊之助は、じっとしているのが申し訳なくなってくる。

「何かお手伝いすることはありますか?」

 と、朝も早くから、通いの使用人たちに声を掛けては、

「怪我が悪化したらどうするんです? いいから坊ちゃんは安静にしていてください」

 と、布団に戻された。そのうち、余四郎がやってきて、楽しく遊んでいるうちに一日が終わってしまう。

「働かざる者食うべからず、っていうのに、おいら、遊んでばっかりでいいんですかね?」

 と、仕事から帰宅した草庵に聞けば、

「その腕で、何をする気なんです? 無理をしたら、おかしな形に腕が曲がっちまいますからね。絶対に、動かしちゃあいけませんよ」

 と、叱られてしまった。しょんぼりとうなだれる伊之助を見た草庵は、頭を掻く。
 
「その、なんだ、……あれだ。若様のお相手をすることが伊之助さまのお仕事だ、って思ってりゃいいじゃありませんか」

 良いことを思いついたように言われるが、それは仕事ではない。

「そんなの、楽しいばっかりだ」

 伊之助が言うと、草庵はにこにこ笑った。

「子どもは、楽しく遊びながら育つもんでしょ」
「……そ、そうなんですか」
「そうなんですよ」

 そうなのか。
 確かに今は、働けなくても衣食住には困っていないけれど。扶持ふちは殿様に頂いている、と良庵先生は言っていた。

「子どもは遊ぶのも仕事のうちだ、って、おいらも昔、うちの先生に教えてもらいました」
「へええ」
「うーん。とはいえ、ずっと家の中にいるのも退屈ですかね。藩校でのお勉強を再開しましょうか? いや、しかし、藩校には、あなたをそんな目に合わせた方も通っていらっしゃるんでしたね……」

 正直、兄に会いたくはない。それに、右腕が動かなければ、習字ができない。あの、よく意味の分からない書物を音読するだけなら、伊之助は藩校に行きたくなかった。

「……寺子屋に、行っちゃいけませんか?」
「寺子屋?」
「はい。おいら、ほんの少し前まで寺子屋に通ってて」
「え? 藩校ではなく?」
「はい。その……おいらに合うとこに通わせてやる、と」
「そうですか……」
「それが、急に、藩校に行け、と言われて。行ったんですけど……その、難しくて」
「まあ、そうですよねえ」
「はい。だから、おいらは、今まで通り寺子屋に行って勉強したいです。おいらに合ってるとこだし。何も言わずに急に行かなくなったから、皆心配してると思うし……」

 ああ、そうだ。
 伊之助は、本当に急に、ふいと行かなくなったから、皆心配していることだろう。きっと、心配している。そういう仲間たち。
 しばらく会えていない寺子屋仲間の顔を思い出して、伊之助はふと寂しくなった。
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