余四郎さまの言うことにゃ

かずえ

文字の大きさ
上 下
18 / 37

十八

しおりを挟む
 数日が経って、少し元気になった伊之助は、余四郎がせっせと運んできた玩具でたくさん遊んで過ごした。もちろん、玩具を手に持って運んできたのは余四郎ではなく、伊之助が大層世話になっている体の大きな護衛と、まだ伊之助が口をきいたことのない小姓である。常に無表情な若い小姓は、余四郎の世話は焼くが、伊之助とは関わろうとしなかった。まあ当たり前なので、伊之助が気にすることはなかった。むしろ、護衛さんの手を煩わせていて申し訳ない、と考えたくらいだ。
 余四郎の小さな手には、大抵手土産の甘味がぶら下げられていた。余四郎が言うには、いののすきなものをもってきた、とのことである。驚く伊之助に、余四郎は笑って言う。

「いのは、まんじゅうがすきだからな」
「え?」

 確かに、この家へ来てから初めて食べたまんじゅうは、口の中が溶けるんじゃないかと思うくらいに旨かった。美味しい、美味しい、と一噛みごとに思った気がする。四郎さまに知られているということは、もしかして、美味しい、美味しいという気持ちが全部、口に出ていたのだろうか。恥ずかしい、気を付けよう、と伊之助は思った。けれど、いののすきなものがしれてうれしい、と余四郎が言ったので、そういうものか、と考え直した。考えてみると、伊之助も、余四郎の好きなものが知れたら嬉しい。なら、よいのか、となるべく素直な気持ちを口に出すことにした。
 伊之助さまは、甘いものが好きなんだな、と草庵に言われて、この美味しい味は「甘い」と言うのか、と伊之助は知った。伊之助は、甘いものが好き。間違いない。
 もちろん、美味しいのはまんじゅうだけではなかった。この家で出される食事はどれも美味しくて、量もたっぷりあった。通いの使用人が何人かいて、食事を作ったり、掃除や洗濯をしたりしてくれていた。市井しせいの者を雇っているらしく、良庵先生と草庵先生に子どもの世話ができるのかい? と心配してくれたり、自分の子どものお古の着物や草履を伊之助のために持って来てくれたりした。良庵先生はもうよい歳なのに、ちいとも浮いた話がないんだよねえ、この家にも女手おんなでがあればねえ、などと伊之助に気安く話しかけてくれるような人ばかりだった。それなりに大きなこの屋敷に住んでいるのは、良庵と草庵の二人だけであるらしい。屋敷は、使用人が帰った後はとても静かだった。
 玩具は、双六すごろく、かるたや福笑いという小さな子どもも楽しめるものから、囲碁や将棋といった少々難しいものまで多種多様なものがあった。いののけががなおったらやろうと、外で遊ぶ凧も持ち込まれた。伊之助はどれもやったことがなく、余四郎のつたない説明を、うんうんと聞いて遊んだ。将棋の駒を高く積んで、積んだ駒を崩さぬように一つずつ取っていく遊びに、余四郎と二人で夢中になった。 

「将棋って、楽しいです」

 と、伊之助が言ったら、藩校終わりに訪ねて来ていた梅千代と小太郎に大笑いされた。

「将棋の遊び方を間違っている。見ていろ」

 そう言った二人は、それぞれのお付きの者に、夕食の時間ですから戻らねばなりません、と声を掛けられてもまだ、もう少し、もう少し、と引き延ばして盤を挟んでいた。真剣な顔で、でも楽しそうで、お二人はとても仲が良いのだなあ、と伊之助はにこにこして勝負を見守った。勝負に真剣になった二人が、遊び方の解説どころではなくなったので、どういう勝負になっているのかは伊之助にはさっぱり分からなかったけれども。でも、楽しそうな仲良しの二人を見ているのが、伊之助は楽しかった。
 退屈した余四郎は伊之助の膝を枕に昼寝していて、その頭をそっと撫でながら、すごくすごく幸せだなあ、と伊之助は呟いたのだった。 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

その部屋に残るのは、甘い香りだけ。

ロウバイ
BL
愛を思い出した攻めと愛を諦めた受けです。 同じ大学に通う、ひょんなことから言葉を交わすようになったハジメとシュウ。 仲はどんどん深まり、シュウからの告白を皮切りに同棲するほどにまで関係は進展するが、男女の恋愛とは違い明確な「ゴール」のない二人の関係は、失速していく。 一人家で二人の関係を見つめ悩み続けるシュウとは対照的に、ハジメは毎晩夜の街に出かけ二人の関係から目を背けてしまう…。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

愛する人

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」 応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。 三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。 『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

処理中です...