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十八
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数日が経って、少し元気になった伊之助は、余四郎がせっせと運んできた玩具でたくさん遊んで過ごした。もちろん、玩具を手に持って運んできたのは余四郎ではなく、伊之助が大層世話になっている体の大きな護衛と、まだ伊之助が口をきいたことのない小姓である。常に無表情な若い小姓は、余四郎の世話は焼くが、伊之助とは関わろうとしなかった。まあ当たり前なので、伊之助が気にすることはなかった。むしろ、護衛さんの手を煩わせていて申し訳ない、と考えたくらいだ。
余四郎の小さな手には、大抵手土産の甘味がぶら下げられていた。余四郎が言うには、いののすきなものをもってきた、とのことである。驚く伊之助に、余四郎は笑って言う。
「いのは、まんじゅうがすきだからな」
「え?」
確かに、この家へ来てから初めて食べたまんじゅうは、口の中が溶けるんじゃないかと思うくらいに旨かった。美味しい、美味しい、と一噛みごとに思った気がする。四郎さまに知られているということは、もしかして、美味しい、美味しいという気持ちが全部、口に出ていたのだろうか。恥ずかしい、気を付けよう、と伊之助は思った。けれど、いののすきなものがしれてうれしい、と余四郎が言ったので、そういうものか、と考え直した。考えてみると、伊之助も、余四郎の好きなものが知れたら嬉しい。なら、よいのか、となるべく素直な気持ちを口に出すことにした。
伊之助さまは、甘いものが好きなんだな、と草庵に言われて、この美味しい味は「甘い」と言うのか、と伊之助は知った。伊之助は、甘いものが好き。間違いない。
もちろん、美味しいのはまんじゅうだけではなかった。この家で出される食事はどれも美味しくて、量もたっぷりあった。通いの使用人が何人かいて、食事を作ったり、掃除や洗濯をしたりしてくれていた。市井の者を雇っているらしく、良庵先生と草庵先生に子どもの世話ができるのかい? と心配してくれたり、自分の子どものお古の着物や草履を伊之助のために持って来てくれたりした。良庵先生はもうよい歳なのに、ちいとも浮いた話がないんだよねえ、この家にも女手があればねえ、などと伊之助に気安く話しかけてくれるような人ばかりだった。それなりに大きなこの屋敷に住んでいるのは、良庵と草庵の二人だけであるらしい。屋敷は、使用人が帰った後はとても静かだった。
玩具は、双六、かるたや福笑いという小さな子どもも楽しめるものから、囲碁や将棋といった少々難しいものまで多種多様なものがあった。いののけががなおったらやろうと、外で遊ぶ凧も持ち込まれた。伊之助はどれもやったことがなく、余四郎のつたない説明を、うんうんと聞いて遊んだ。将棋の駒を高く積んで、積んだ駒を崩さぬように一つずつ取っていく遊びに、余四郎と二人で夢中になった。
「将棋って、楽しいです」
と、伊之助が言ったら、藩校終わりに訪ねて来ていた梅千代と小太郎に大笑いされた。
「将棋の遊び方を間違っている。見ていろ」
そう言った二人は、それぞれのお付きの者に、夕食の時間ですから戻らねばなりません、と声を掛けられてもまだ、もう少し、もう少し、と引き延ばして盤を挟んでいた。真剣な顔で、でも楽しそうで、お二人はとても仲が良いのだなあ、と伊之助はにこにこして勝負を見守った。勝負に真剣になった二人が、遊び方の解説どころではなくなったので、どういう勝負になっているのかは伊之助にはさっぱり分からなかったけれども。でも、楽しそうな仲良しの二人を見ているのが、伊之助は楽しかった。
退屈した余四郎は伊之助の膝を枕に昼寝していて、その頭をそっと撫でながら、すごくすごく幸せだなあ、と伊之助は呟いたのだった。
余四郎の小さな手には、大抵手土産の甘味がぶら下げられていた。余四郎が言うには、いののすきなものをもってきた、とのことである。驚く伊之助に、余四郎は笑って言う。
「いのは、まんじゅうがすきだからな」
「え?」
確かに、この家へ来てから初めて食べたまんじゅうは、口の中が溶けるんじゃないかと思うくらいに旨かった。美味しい、美味しい、と一噛みごとに思った気がする。四郎さまに知られているということは、もしかして、美味しい、美味しいという気持ちが全部、口に出ていたのだろうか。恥ずかしい、気を付けよう、と伊之助は思った。けれど、いののすきなものがしれてうれしい、と余四郎が言ったので、そういうものか、と考え直した。考えてみると、伊之助も、余四郎の好きなものが知れたら嬉しい。なら、よいのか、となるべく素直な気持ちを口に出すことにした。
伊之助さまは、甘いものが好きなんだな、と草庵に言われて、この美味しい味は「甘い」と言うのか、と伊之助は知った。伊之助は、甘いものが好き。間違いない。
もちろん、美味しいのはまんじゅうだけではなかった。この家で出される食事はどれも美味しくて、量もたっぷりあった。通いの使用人が何人かいて、食事を作ったり、掃除や洗濯をしたりしてくれていた。市井の者を雇っているらしく、良庵先生と草庵先生に子どもの世話ができるのかい? と心配してくれたり、自分の子どものお古の着物や草履を伊之助のために持って来てくれたりした。良庵先生はもうよい歳なのに、ちいとも浮いた話がないんだよねえ、この家にも女手があればねえ、などと伊之助に気安く話しかけてくれるような人ばかりだった。それなりに大きなこの屋敷に住んでいるのは、良庵と草庵の二人だけであるらしい。屋敷は、使用人が帰った後はとても静かだった。
玩具は、双六、かるたや福笑いという小さな子どもも楽しめるものから、囲碁や将棋といった少々難しいものまで多種多様なものがあった。いののけががなおったらやろうと、外で遊ぶ凧も持ち込まれた。伊之助はどれもやったことがなく、余四郎のつたない説明を、うんうんと聞いて遊んだ。将棋の駒を高く積んで、積んだ駒を崩さぬように一つずつ取っていく遊びに、余四郎と二人で夢中になった。
「将棋って、楽しいです」
と、伊之助が言ったら、藩校終わりに訪ねて来ていた梅千代と小太郎に大笑いされた。
「将棋の遊び方を間違っている。見ていろ」
そう言った二人は、それぞれのお付きの者に、夕食の時間ですから戻らねばなりません、と声を掛けられてもまだ、もう少し、もう少し、と引き延ばして盤を挟んでいた。真剣な顔で、でも楽しそうで、お二人はとても仲が良いのだなあ、と伊之助はにこにこして勝負を見守った。勝負に真剣になった二人が、遊び方の解説どころではなくなったので、どういう勝負になっているのかは伊之助にはさっぱり分からなかったけれども。でも、楽しそうな仲良しの二人を見ているのが、伊之助は楽しかった。
退屈した余四郎は伊之助の膝を枕に昼寝していて、その頭をそっと撫でながら、すごくすごく幸せだなあ、と伊之助は呟いたのだった。
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