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十七
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さて、日参してくる余四郎は、伊之助の世話をとにかく何でもしたがった。
医者見習いの草庵が、右腕が使えない伊之助の食事の手伝いをしているのを見て、しろうもする、と言う。風呂に入れていない伊之助の体を清浄にしているのを見て、しろうもする、と言う。流石に、薬を塗ったり、湿布を貼ったりといった医療行為をやるとは言わなかったが、支えがあれば動けるようになった伊之助が、厠へ行きたいです、と草庵に支えを頼んだ時にも、しろうがする、と言った。草庵は、伊之助の体にしがみつく余四郎がつぶれてしまわぬように伊之助を支えるのに難儀して、余四郎の護衛に声をかけた。
伊之助は、その時初めて、余四郎に護衛が付いていることを知った。護衛だけでなく、小姓も部屋の外に控えていて、大層驚いてしまった。そういえば、と気付く。兄や姉が出かける時にも、必ず家人がお供していたな、と。
なるほど。
寺子屋へ一人で行き来している伊之助と、余四郎や兄や姉は、その身の大切さが違うのだ。
草庵に声をかけられた体の大きな護衛は、しがみつく余四郎ごと、伊之助を抱え上げて厠へ運んでくれた。伊之助は、抱いて歩いてもらうことの気持ち良さに驚いて、ああ、と幸せな息を吐いた。
「四郎さま。おいら、この間、こんな風に気持ちの良い思いをする夢を見ました」
厠の帰りも、二人まとめて抱き上げて運んでもらいながら、伊之助は思わず頬を緩める。
「ゆめ?」
「はい。夢の中でも、このように気持ちの良いものに包まれて、ふわふわしていたんです」
「ふーん?」
「それは、この屋敷へ来た時の記憶なんじゃないかい?」
聞いていた草庵が言った。
「記憶……?」
「そう。伊之助さまをこの屋敷に運ぶ時にも、その方が大事に抱えて来て下すったからね」
「え……」
伊之助は、目を見開いて、いかつい顔の侍を見上げた。そういえば、伊之助はいつの間にかこの屋敷へと運ばれていたのだった。ふわふわの心地よさは、てっきり、上等な布団に包まれているからだと考えていたのだが、こうして運ばれていたからだったのか。
しがみついている余四郎と共に、そっと布団に下ろしてもらって、伊之助は深々と頭を下げる。
「大変、お世話になりました」
「ああ、いや」
言葉少なに頭を掻いて、いかつい顔の侍が頷いた。この人には慣れたことだったのかもしれないけれども。
「おいら、こんなに気持ちいい思いをしたのは初めてです。最初の一回をちゃんと覚えていなくて、残念です」
伊之助は、にこりと笑う。最近、良いことばっかりだ。いや、まあ、怪我をして満足に動けないのは、良いことではないけれど、それでも。
そうか、と頷いた侍は、厠へ行きたいときは言ってください、とぼそりと呟いて部屋の外へと戻っていった。そして、その言葉通り、その後何度でも、余四郎と伊之助をまとめて抱えて、厠へ連れて行ってくれた。
余四郎は、毎回、きゃあきゃあとはしゃいだ声を上げて喜んだし、伊之助も思う存分、大きな体にしがみついたのだった。
医者見習いの草庵が、右腕が使えない伊之助の食事の手伝いをしているのを見て、しろうもする、と言う。風呂に入れていない伊之助の体を清浄にしているのを見て、しろうもする、と言う。流石に、薬を塗ったり、湿布を貼ったりといった医療行為をやるとは言わなかったが、支えがあれば動けるようになった伊之助が、厠へ行きたいです、と草庵に支えを頼んだ時にも、しろうがする、と言った。草庵は、伊之助の体にしがみつく余四郎がつぶれてしまわぬように伊之助を支えるのに難儀して、余四郎の護衛に声をかけた。
伊之助は、その時初めて、余四郎に護衛が付いていることを知った。護衛だけでなく、小姓も部屋の外に控えていて、大層驚いてしまった。そういえば、と気付く。兄や姉が出かける時にも、必ず家人がお供していたな、と。
なるほど。
寺子屋へ一人で行き来している伊之助と、余四郎や兄や姉は、その身の大切さが違うのだ。
草庵に声をかけられた体の大きな護衛は、しがみつく余四郎ごと、伊之助を抱え上げて厠へ運んでくれた。伊之助は、抱いて歩いてもらうことの気持ち良さに驚いて、ああ、と幸せな息を吐いた。
「四郎さま。おいら、この間、こんな風に気持ちの良い思いをする夢を見ました」
厠の帰りも、二人まとめて抱き上げて運んでもらいながら、伊之助は思わず頬を緩める。
「ゆめ?」
「はい。夢の中でも、このように気持ちの良いものに包まれて、ふわふわしていたんです」
「ふーん?」
「それは、この屋敷へ来た時の記憶なんじゃないかい?」
聞いていた草庵が言った。
「記憶……?」
「そう。伊之助さまをこの屋敷に運ぶ時にも、その方が大事に抱えて来て下すったからね」
「え……」
伊之助は、目を見開いて、いかつい顔の侍を見上げた。そういえば、伊之助はいつの間にかこの屋敷へと運ばれていたのだった。ふわふわの心地よさは、てっきり、上等な布団に包まれているからだと考えていたのだが、こうして運ばれていたからだったのか。
しがみついている余四郎と共に、そっと布団に下ろしてもらって、伊之助は深々と頭を下げる。
「大変、お世話になりました」
「ああ、いや」
言葉少なに頭を掻いて、いかつい顔の侍が頷いた。この人には慣れたことだったのかもしれないけれども。
「おいら、こんなに気持ちいい思いをしたのは初めてです。最初の一回をちゃんと覚えていなくて、残念です」
伊之助は、にこりと笑う。最近、良いことばっかりだ。いや、まあ、怪我をして満足に動けないのは、良いことではないけれど、それでも。
そうか、と頷いた侍は、厠へ行きたいときは言ってください、とぼそりと呟いて部屋の外へと戻っていった。そして、その言葉通り、その後何度でも、余四郎と伊之助をまとめて抱えて、厠へ連れて行ってくれた。
余四郎は、毎回、きゃあきゃあとはしゃいだ声を上げて喜んだし、伊之助も思う存分、大きな体にしがみついたのだった。
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