余四郎さまの言うことにゃ

かずえ

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十六

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 お世話をする、との宣言通りに、余四郎は伊之助のもとに日参した。毎朝、早くから伊之助のいる部屋へやってきて、なにくれと伊之助の世話を焼きたがった。どうやら、余四郎の住居である城のほど近くに、この医者の家はあるらしい。何軒か並んでいる屋敷が皆、医者の住処だと、伊之助の世話をしてくれている医者見習いの草庵そうあんは教えてくれた。
 殿様の担当医が数名と奥方様の担当医、若様方それぞれの担当医が、弟子や家族と暮らしているそうだ。

「若様方それぞれと言ったけれど、うちの先生は、梅千代さまと四郎さま、お二人の担当医なんですよ」

 草庵は言う。

「四郎さまの担当に手を挙げる者がいねえ、ってんで、うちの先生が、なら私がやる、二人ともみるって、大見え切っちまいましてね。いくら若様でも、三男や四男の担当では出世が見込めないからって、あいつら、たくさんいるのに押し付け合いやがって。……と、いや、まあ、こりゃあ愚痴です。すみません。おいらが一人前になったら、四郎さまの担当になるつもりなんで、これからも末永くよろしくお願いしますね、伊之助さま」

 そうか、それなら安心だ。けれど、出世はしなくていいのだろうか、と伊之助は少し心配になる。
 というか、そうか。
 伊之助は余四郎とずっと共にいるから、余四郎の担当の医者とも、ずっと共にいることになるのか。
 なんだか、余四郎とずっと共にいることの実感がわいてきて、伊之助はほわりと胸が温かくなった。
 うちの先生、と草庵が呼ぶ、梅千代と余四郎の担当医は、青池あおいけ良庵りょうあんと名乗った。伊之助も、伊之助です、と挨拶したので、良庵と草庵に伊之助と呼んでもらえるようになった。余四郎が、伊之助のことを、いの、と呼ぶので、二人もいの様と言っていたのが気になっていたのだ。きちんと名乗れる名を付けてもらっていたことは、ありがたかった。
 良庵は、貧乏な武家の三男で、剣術がとんでもなく苦手だったから、医術を学んで身を立てたそうだ。

「私も、剣の稽古でよく、体を打たれていたよ。伊之助さまほどの手ひどい目に合ったこたあねえが、痛みは、ちっとは分かるつもりだ。よく堪えたな」

 良庵はそう言って、伊之助の頭を撫でてくれた。そんなことをしてもらったのは初めてで、伊之助はびっくりした。びっくりしている伊之助を見て、良庵は目を細めた。

「伊之助さまの実家の方には、怪我の治療のためにしばらく預かる、と伝えた。お代は払わん、と言われただけで、返せとは言われなかった。だからな、伊之助さまが居たいだけ、ここにいるといい」
「あ、お代……」

 今の伊之助に、払う手段はない。

「ああ、いらんいらん。あなたは、四郎さまの許婚なのだから、私の担当だ。扶持ふちは殿様から頂くさ」

 居たいだけ居ていいのか、と伊之助は何だか呆然とした。
 こんな居心地の良い所に、居たいだけ……。
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