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十四
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伊之助は、なんだか、ふわふわと柔らかいものに包まれて動く夢を見た。暖かくて気持ち良くて身を寄せると、もっと暖かくなる。これは、いいものだ、と全身が緩む心地がした。
そのまま、深く深く寝た。痛いとか熱いとか苦しいなんてことは一度も思い浮かばずに、ただぐっすりと眠って、ぽかりと目を覚ました。
辺りは陽の光が差し込んでいて、息がしやすい。目を覚ましたのに、柔らかい何かに包まれたままで困惑した。
布団だ。
布団がとても柔らかいのだ。
肌に当たる布は上も下も枕もどれも柔らかく、真っ白だった。
驚いて起き上がってみる。
体のあちこちがずきずきと痛みはしたが、大きめの傷にそれぞれ貼り薬がしてあるので、着物に擦れることも無く楽だった。添え木ごとぐるぐる巻きにされた右腕は、大した痛みもない。昨日までは、添え木をしてもらっていてもずっと、とても痛かったのに。
着ている寝間着も、とても柔らかいものだった。伊之助が、ついこの間、藩校へ行くために着せてもらった、兄のお下がりの着物と同じような手触りだ。
見渡した部屋は、自分がこれまで住んでいた部屋より少しだけ広い。枕元に盆があり、急須と湯のみと、甘い匂いのする食べ物が置かれていた。
ここ、どこ……?
伊之助が呆然としていると、声が聞こえてきた。こちらへ向かう足音もする。
「若様? ちょ、お待ちください。お勉強はどうなさったんです? 藩校へ行く時間でしょう?」
「いのはげんきか?」
「まだ、寝ておられます。お勉強は?」
「いのがいないならいかない」
「ええー? 若様が行きたいって言うたから、一年早いけれど通うことになった、ってお聞きしましたけど」
「いのがいないならいかない」
「随分、許婚殿に懐かれたんですねえ」
「なつく? なに?」
「いいえ。何でもありません。ええっと、いの様はまだ寝ておられるから、静かになさってくださいよ。約束です」
「わかった」
「その、分かった、の声がもうでかいんだよなあ……」
一つは余四郎の声。もう一つはまた、聞き覚えのない声だった。昨日? から、知らない人の声ばかり聞いている気がする。
皆、どこか優しくて耳馴染みが良い。
寺子屋に居る時のような心地好さがあった。
見る間に声と足音が近付いて、襖がそっと開く。
「あ、いの!」
ぱあっと笑った余四郎が、急ぎ足で近付いてくる。
伊之助は、つられて笑った。
「おきたか。おはよう」
「……はい。っはよ、ございます」
「余四郎さま。静かに、とたった今約束したところですのに。と、いの様、起きていらっしゃいましたか。……良かった」
後ろから入ってきた人も、起き上がっていた伊之助を見て、にこりと笑う。白衣を着た、優しい顔立ちの若者だった。優しい声が言う。
「体の調子はどうですか? 痛い、苦しい、辛い、といったことはありませんか? 少しでもあれば、全部お伝えくださいね。ここは、医者の家ですから、すぐに治療して差し上げます」
そのまま、深く深く寝た。痛いとか熱いとか苦しいなんてことは一度も思い浮かばずに、ただぐっすりと眠って、ぽかりと目を覚ました。
辺りは陽の光が差し込んでいて、息がしやすい。目を覚ましたのに、柔らかい何かに包まれたままで困惑した。
布団だ。
布団がとても柔らかいのだ。
肌に当たる布は上も下も枕もどれも柔らかく、真っ白だった。
驚いて起き上がってみる。
体のあちこちがずきずきと痛みはしたが、大きめの傷にそれぞれ貼り薬がしてあるので、着物に擦れることも無く楽だった。添え木ごとぐるぐる巻きにされた右腕は、大した痛みもない。昨日までは、添え木をしてもらっていてもずっと、とても痛かったのに。
着ている寝間着も、とても柔らかいものだった。伊之助が、ついこの間、藩校へ行くために着せてもらった、兄のお下がりの着物と同じような手触りだ。
見渡した部屋は、自分がこれまで住んでいた部屋より少しだけ広い。枕元に盆があり、急須と湯のみと、甘い匂いのする食べ物が置かれていた。
ここ、どこ……?
伊之助が呆然としていると、声が聞こえてきた。こちらへ向かう足音もする。
「若様? ちょ、お待ちください。お勉強はどうなさったんです? 藩校へ行く時間でしょう?」
「いのはげんきか?」
「まだ、寝ておられます。お勉強は?」
「いのがいないならいかない」
「ええー? 若様が行きたいって言うたから、一年早いけれど通うことになった、ってお聞きしましたけど」
「いのがいないならいかない」
「随分、許婚殿に懐かれたんですねえ」
「なつく? なに?」
「いいえ。何でもありません。ええっと、いの様はまだ寝ておられるから、静かになさってくださいよ。約束です」
「わかった」
「その、分かった、の声がもうでかいんだよなあ……」
一つは余四郎の声。もう一つはまた、聞き覚えのない声だった。昨日? から、知らない人の声ばかり聞いている気がする。
皆、どこか優しくて耳馴染みが良い。
寺子屋に居る時のような心地好さがあった。
見る間に声と足音が近付いて、襖がそっと開く。
「あ、いの!」
ぱあっと笑った余四郎が、急ぎ足で近付いてくる。
伊之助は、つられて笑った。
「おきたか。おはよう」
「……はい。っはよ、ございます」
「余四郎さま。静かに、とたった今約束したところですのに。と、いの様、起きていらっしゃいましたか。……良かった」
後ろから入ってきた人も、起き上がっていた伊之助を見て、にこりと笑う。白衣を着た、優しい顔立ちの若者だった。優しい声が言う。
「体の調子はどうですか? 痛い、苦しい、辛い、といったことはありませんか? 少しでもあれば、全部お伝えくださいね。ここは、医者の家ですから、すぐに治療して差し上げます」
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