余四郎さまの言うことにゃ

かずえ

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 さて、習字の時間は楽しかった。
 師範が余四郎と伊之助に渡した手本は、いろはにほへと、と書かれた仮名手本だったのだ。これならできる、と伊之助は大いに張り切った。

「いの。いの。これはなんとよむ?」
「いろはにほへと、と書いてあります」
「いろはにほへと。いののい、か?」
「そうです、そうです。その次は、余四郎さまのろです」
「そうか!」

 そんな感じで、二人楽しく習字の時間を過ごした。師範が時折、口を開くより手を動かしなさい、と言ってきたが、手もしっかり動かしていたのは見れば分かるので、それ以上何も言われることはなかった。
 楽しい気分で屋敷へ戻った伊之助を待っていたのは、伊之助と真逆の表情をした兄だった。

「おい」
「はい」

 ぱっと頭を下げて返事をすると、髪の毛をがしりとつかまれ、顔を上げさせられた。

「いっ」

 あまりの痛さに声が漏れる。

「うるさい! よくも私より上座に座ったな! 腹が立つ! たかが、余りの四郎の許婚になったくらいで、調子に乗りやがって!」
「え?」

 余りの四郎?

「はっ。知らないのか? 余りの四郎。余分の四郎。みんな言っている。そう名付けられているだろ?」

 余四郎さまの余が、そんな意味を持っているということ……?

「余四郎さまも若様かもしれないけどな、ちゃんと名前が用意されていた松之助さまや竹丸さま、梅千代さまとは違うんだよ。余分な若様なんだ。そんな若様の許婚になったからって、私より上座に座ってよいと思ってやがるのか! 馬鹿が!」

 そのまま、伊之助は屋敷の離れにある道場まで引きずられて行った。

「稽古をつけてやる」
 
 と、言われて木刀を持たされる。いつもなら、無理です、すみませんと平伏して頭を守り、やり過ごすところだ。だが、余四郎を馬鹿にされて、伊之助の頭には少々血が上っていた。渡された木刀を受け取り、兄を正面から睨みつけてしまったのだ。

「なんだ、その目は!」

 そう言いながら、思い切り打ちかかってきた兄の木刀を一太刀受けるのが、伊之助には精一杯だった。それでも、幼い頃から剣術の修業をしている兄の木刀を一太刀受け止めたのだ。木刀を持ったこともない伊之助が。
 そのことは、兄の頭に更に血を上らせるのに充分だったらしい。
 滅多打ちにされた伊之助は、そのまま意識を失ってしまった。
           
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