余四郎さまの言うことにゃ

かずえ

文字の大きさ
上 下
4 / 109

しおりを挟む
「男同士で縁を結ばせる、と言うたはずだが?」

 伊之助が平伏して待っていた部屋に入ってきた殿様の第一声はそれだった。伊之助と同じように平伏していた父が、は、と声を上げる。

「もちろん、次男の……」

 父はそこで少し言葉を詰め、言い直した。

「私めの次男でございます」
「そうか。面を上げよ。名は?」

 すぐに頭を上げた父を頭を下げたままそっと伺うと、父はじろりと伊之助の方を睨んでいた。

「殿のお達しである。名乗りなさい」

 ははあ、なるほど。
 伊之助は得心する。
 どうやら父は、呼ぶこともなく耳にもしない伊之助の名が咄嗟に出てこなかったらしい。
 す、と頭を上げた伊之助は、真っ直ぐに前を向いてお腹に力を入れた。正座した膝の上で拳をぎゅっと握る。

「伊之助です!」

 考えていたより大きな声が出たが、まあいいだろう。女だと思われても困る。どんな姿をしていても、伊之助は決して女ではないのだから。

「ば、馬鹿者。殿の御前で声を張り上げるでない」
「くく、よい。元気そうで何より。伊之助、とな。確かに男であるようだ。あい分かった。余四郎、聞いたな。そなたの嫁候補の伊之助である。そなたも名乗れ」

 伊之助の大声に父は慌てたが、殿様は気にする様子も無かった。隣に座る男児に声をかけると、男児は伊之助と同じように声を張り上げる。

「よしろう! たまのがわよしろうだ。いのすけは、いのすけだけか?」

 元気に名乗った余四郎の、伊之助だけか、の言葉の意味が分からず、伊之助は首を傾げた。父が慌てて口を開く。

「我が子ですから、もちろん、飯原いいはら伊之助にございます」

 なるほど、家名。家名を聞かれていたのであったらしい。考えてみれば、お城で家名を名乗らない者などそうそうおるまい。しかし、伊之助はそれを名乗ったことがなかったので、すっかり失念していた。これからは名乗ってもよいのだろうか。

「そうか、わかった。いいはりゃ……んん? いい、いい、は、りゃ、」
「伊之助、だけで大丈夫です」

 飯原いいはらと上手く言えずに、むむ、と眉をしかめる余四郎が可愛らしい。伊之助は、思わず笑みを浮かべて言ってしまった。返事以外に口を開くな、と言われていた事など、すっかり忘れて。
 余四郎さまは、通っている寺子屋で今、一番小さい善吉ぜんきちより、もう少し小さいだろうか。五つか六つかな。
 と、ばしっと強く肩を叩かれた。

「無礼者。若君のお言葉を笑うとは何事か」

 父の小声の叱責。
 ああ、そうか。
 今、目の前にいるのは、普段、家で一番偉い父が平伏するくらい偉い人たちなのだった。伊之助は、慌てて気を引き締めようとする。
 だが、何故だろう。家にいる時より、体が強ばっていない。

「ん、わかった。いのしゅけ」 

 余四郎の返事に、伊之助はやはり、笑みを止めることができなかった。
しおりを挟む
感想 177

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

尊敬している先輩が王子のことを口説いていた話

天使の輪っか
BL
新米騎士として王宮に勤めるリクの教育係、レオ。 レオは若くして団長候補にもなっている有力団員である。 ある日、リクが王宮内を巡回していると、レオが第三王子であるハヤトを口説いているところに遭遇してしまった。 リクはこの事を墓まで持っていくことにしたのだが......?

幸せになりたかった話

幡谷ナツキ
BL
 このまま幸せでいたかった。  このまま幸せになりたかった。  このまま幸せにしたかった。  けれど、まあ、それと全部置いておいて。 「苦労もいつかは笑い話になるかもね」  そんな未来を想像して、一歩踏み出そうじゃないか。

前世である母国の召喚に巻き込まれた俺

るい
BL
 国の為に戦い、親友と言える者の前で死んだ前世の記憶があった俺は今世で今日も可愛い女の子を口説いていた。しかし何故か気が付けば、前世の母国にその女の子と召喚される。久しぶりの母国に驚くもどうやら俺はお呼びでない者のようで扱いに困った国の者は騎士の方へ面倒を投げた。俺は思った。そう、前世の職場に俺は舞い戻っている。

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

みどりとあおとあお

うりぼう
BL
明るく元気な双子の弟とは真逆の性格の兄、碧。 ある日、とある男に付き合ってくれないかと言われる。 モテる弟の身代わりだと思っていたけれど、いつからか惹かれてしまっていた。 そんな碧の物語です。 短編。

カランコエの咲く所で

mahiro
BL
先生から大事な一人息子を託されたイブは、何故出来損ないの俺に大切な子供を託したのかと考える。 しかし、考えたところで答えが出るわけがなく、兎に角子供を連れて逃げることにした。 次の瞬間、背中に衝撃を受けそのまま亡くなってしまう。 それから、五年が経過しまたこの地に生まれ変わることができた。 だが、生まれ変わってすぐに森の中に捨てられてしまった。 そんなとき、たまたま通りかかった人物があの時最後まで守ることの出来なかった子供だったのだ。

処理中です...