【完結】塔の悪魔の花嫁

かずえ

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82 救国の英雄

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 死んだ王妃と、その血を浴びて茫然自失の国王、その状態の離宮へ入ることはできない、という状況に一人取り残された宰相は、何故自分がこんな目に?と思わずにはいられなかった。
 何故……。
 間違いはどこから始まったのか。
 約束の花嫁を送らなかったこと。
 イズモ様に守られていることを忘れてしまったこと。
 イズモ様のお世話を任せたカナメヅカの存在を軽んじたこと。
 まつりごとの全ては自分のいる場所で行われ、そこで終わっているかのように勘違いしていたこと。
 それは、自分だけではない。
 何十年も前から、次第にそのようになっていた。姫君が塔にいなくなり、血筋の者は姫を隠した。貴き血筋の方がいない塔に、誰が注意を払うだろうか。
 人々は、その存在を忘れ、建国の神話は歪んで語られる。
 もう、疲れた。
 せめてミタマ様が居れば、と思いながら、宰相は城へ戻り、先ほど集めて話を聞いた離宮の使用人たちに、離宮の掃除を指示した。
 どこか夢から覚めたような様子の者たちは、離宮の玄関でノバラの事切れた姿を見て、うわぁ、と悲鳴を上げた。
 先ほど話を聞いた時には、感情が抜け落ちてしまったかのように反応が無かったのに、今はまるで全員が別人のようだ。
 彼ら彼女らは、恐れおののきながらもノバラの遺体を運びだし、床を掃除して、国王を洗った。国王を着替えさせてベッドへ置くと、宰相の言いつけ通り、長居することなく離宮から出てきた。
 離宮に滞在したのは、最も長い者でも二時間程であったが、離宮から出た後は、皆一様にぐったりと疲れはてていたという。
 ノバラの遺体は、事切れてから長い間放っておいた訳でもないのに、体の血がすっかり流れ出たようにしわしわと干からびていた。最後に纏っていたのは、ドレスではなく、柔らかい生地の寝間着であった。
 ノバラなのかどうかも判別つきがたくなった遺体は、それでも丁重に綺麗にされ、棺に納められた。
 悪魔の封印を成した救国の聖女か、はたまた国を混乱に陥れた毒婦なのか、どう扱ったらよいのか分からぬまま、静かに葬儀は営まれた。
 国民には、王妃ノバラは命を懸けて悪魔の封印を成し、天に召された、と伝えられた。
 離宮から出られなくなった国王の代わりに国王が必要であったが、王太子は存在せず、国に残された王の子どもはリンドウのみ。リンドウは、頑なにその座を継ぐことを嫌がり、父の世話をすると言って、離宮に閉じ籠ってしまった。もちろん、リンドウには、料理も掃除も洗濯もできないので、汚れ物を出してきて、料理や洗濯の済んだ衣類を離宮に運ぶことしかできなかったのだが。
 王宮の元侍女頭キキョウが、隠されていた姫君達を集めて離宮の掃除を担当した。キキョウも、王家の傍系に生まれた姫であったのだ。塔の生贄とならぬように、その出生を隠されて育てられていた。王宮の侍女の中には、そういった素性の者が数人、存在したのである。
 せめてもの罪滅ぼしに、と彼女らは離宮の侍女となった。
 国王ハバキは、静かに淡々と日々を過ごし、たったの三年でリンドウに看取られて亡くなった。
 ミタマは帰らず、代わりに国王となったのは、王家を離れていたハバキの弟である。幼い頃からノバラを恐れ、あれが城にいる限り二度と城へは入らないと言って出ていった王子。公爵として、かなり王都から離れた領地を治めていたが、ノバラが死んだと聞いて帰ってきて、王となることを承諾した。
 ハバキの死と共に、悪魔と呼ばれていたは、完全に国から消えた。
 国王ハバキの死もまた、悪魔を滅して天に召された、と国民に発表された。
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