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74 閉じ込められていた子ども達
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「ヤクモ様が弱っていくのを見て、あなたは何も思わなかったのか?」
奥歯を噛みしめて、腹に力を込めワカヒコは言葉を発する。怒りで、理性が切れそうだった。
「思いました。」
侍女は、ほんの少し誇らしげに頷いた。
「これで、花嫁として塔の悪魔へ送ることができる、と喜ばしく思いました。上手く喉を潰すことができ、声で男と知られることもない。後は、一物を取ってしまえば完璧でございました。」
ミカゲが立ち上がり、平手で侍女の頬を叩いた。床に倒れ込んだ侍女は、すぐに無表情のまま、起き上がる。ふらふらしながら、姿勢を正して立ち上がった。
「しかし、流石に、医師の知識が無いままにそのようなことをして、命を落とされては困りますので、なかなか手をつけられずにいたのでございます。」
頬が腫れて話しにくそうにしながらも、淡々と言葉は紡がれる。
「命を繋いだ状態で、塔へいれないといけなかったものですから。」
「何故……?何故、ヤクモを。」
リンドウの震える声に、誇らしげな侍女の声が答える。
「ノバラ様のご命令でございます。」
「あ、あ……。ああぁ。」
リンドウは、耳をふさいでうずくまった。
ノバラ様のご命令でございます。
壊れたように、それしか言わない使用人達。リンドウが、母の意に沿わぬことをすると、彼らは壊れてしまうのだ。
幼い頃は、楽しく過ごしていた。年齢を重ねるにつれ、やりたいことが増え、反抗したい気持ちが湧く。人間として当然のことだ。だが、誰も彼もが話を聞いてくれず、ノバラ様のご命令でございます、としか言わなければ、心の奥底に、恐怖が育っていった。
母との、話し合いの末に勝ち取った騎士団での鍛練の時間が許されなければ、耐えられなかったかもしれない。ノバラ様のご命令でございます、と言わない人々と触れあうことができたのだから。
「リンドウ殿下……?」
うずくまったリンドウに、ヌイが近寄る。
「いつも、いつもそうだ。誰も彼もが、それしか言わない。」
「…………。」
「ノバラ様のご命令でございます。それを聞くと、私は何もかもを諦めてしまいたくなるんだ。」
悲しげに笑うリンドウの背中を、ヌイは黙って擦った。
「私のためだというのだろう?私が、塔へと行かなくて良いように護ったというのだろう?」
「ええ、それがノバラ様の望みです。」
「私は、塔へと行くつもりだった。それが私の役目なら、それでよかった。」
「ノバラ様は、それを望みませんでした。」
「わたしは、行くつもりだったんだ。」
「ノバラ様は、それを望みませんでした。」
言葉を詰まらせたリンドウに代わり、ヌイが声を上げた。
「リンドウ様はノバラ様じゃないし、あんたもノバラ様じゃない。ノバラ様が望んだことが、この世の全てじゃない。」
リンドウ様はノバラ様じゃない。
リンドウは、ぽろぽろと涙をこぼして泣き出した。どんなに、その言葉を聞きたかったことだろう。何かをしたくて動き回り、弟を見つけた。結局、助けられなかったけれど。
リンドウもまた、閉じ込められた子どもだったのだ。
奥歯を噛みしめて、腹に力を込めワカヒコは言葉を発する。怒りで、理性が切れそうだった。
「思いました。」
侍女は、ほんの少し誇らしげに頷いた。
「これで、花嫁として塔の悪魔へ送ることができる、と喜ばしく思いました。上手く喉を潰すことができ、声で男と知られることもない。後は、一物を取ってしまえば完璧でございました。」
ミカゲが立ち上がり、平手で侍女の頬を叩いた。床に倒れ込んだ侍女は、すぐに無表情のまま、起き上がる。ふらふらしながら、姿勢を正して立ち上がった。
「しかし、流石に、医師の知識が無いままにそのようなことをして、命を落とされては困りますので、なかなか手をつけられずにいたのでございます。」
頬が腫れて話しにくそうにしながらも、淡々と言葉は紡がれる。
「命を繋いだ状態で、塔へいれないといけなかったものですから。」
「何故……?何故、ヤクモを。」
リンドウの震える声に、誇らしげな侍女の声が答える。
「ノバラ様のご命令でございます。」
「あ、あ……。ああぁ。」
リンドウは、耳をふさいでうずくまった。
ノバラ様のご命令でございます。
壊れたように、それしか言わない使用人達。リンドウが、母の意に沿わぬことをすると、彼らは壊れてしまうのだ。
幼い頃は、楽しく過ごしていた。年齢を重ねるにつれ、やりたいことが増え、反抗したい気持ちが湧く。人間として当然のことだ。だが、誰も彼もが話を聞いてくれず、ノバラ様のご命令でございます、としか言わなければ、心の奥底に、恐怖が育っていった。
母との、話し合いの末に勝ち取った騎士団での鍛練の時間が許されなければ、耐えられなかったかもしれない。ノバラ様のご命令でございます、と言わない人々と触れあうことができたのだから。
「リンドウ殿下……?」
うずくまったリンドウに、ヌイが近寄る。
「いつも、いつもそうだ。誰も彼もが、それしか言わない。」
「…………。」
「ノバラ様のご命令でございます。それを聞くと、私は何もかもを諦めてしまいたくなるんだ。」
悲しげに笑うリンドウの背中を、ヌイは黙って擦った。
「私のためだというのだろう?私が、塔へと行かなくて良いように護ったというのだろう?」
「ええ、それがノバラ様の望みです。」
「私は、塔へと行くつもりだった。それが私の役目なら、それでよかった。」
「ノバラ様は、それを望みませんでした。」
「わたしは、行くつもりだったんだ。」
「ノバラ様は、それを望みませんでした。」
言葉を詰まらせたリンドウに代わり、ヌイが声を上げた。
「リンドウ様はノバラ様じゃないし、あんたもノバラ様じゃない。ノバラ様が望んだことが、この世の全てじゃない。」
リンドウ様はノバラ様じゃない。
リンドウは、ぽろぽろと涙をこぼして泣き出した。どんなに、その言葉を聞きたかったことだろう。何かをしたくて動き回り、弟を見つけた。結局、助けられなかったけれど。
リンドウもまた、閉じ込められた子どもだったのだ。
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