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73 躾
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宰相は、自らの衝撃的であろう言葉に、何の応えもないことに驚きながら、まずはメイドに一人づつ声をかけた。
「リンドウ様以外の子どもの世話をしたことがあるか?」
十人いたメイドのうち、はい、と答えたのは一人だけであった。いいえ、と答えた者は、どんどん部屋から出していく。
同じように、他の使用人達にも、リンドウ様以外の子どもに料理を出したことがあるか、姿を見たことがあるか、と聞いていった。三人いた料理人は、子どもはリンドウ様だけだ、と言い、一人だけが、子どもは知らないが、食事の時間で無いときに料理を一人分作れと言われたことが何度もある、と言った。彼は、リンドウが頼むと、パンやスープの残りを融通してくれていた料理人だった。
護衛達は、夜勤の時に数人が、白いワンピースを着た子どもを見たことがあった。病気の妹姫だろうと思っていた、という。
知っている者だけを残して話を聞いていく。共通していたのは、いつも同じメイドが傍らにいた、ということだった。
「つまり、離宮においては、そなただけがヤクモ殿下の近くにいた、ということか。」
「ヤクモ殿下?」
「リンドウ殿下の弟君だ。」
「よく分かりませんが、礼儀のなっていない子どもの躾なら、私が致しておりました。」
四十後半くらいの年齢であろうか。常にノバラの側で世話をしていた侍女は、淡々と無表情に言葉を紡ぐ。
「骨にひびが入るほどコルセットを締め上げたり、身体中を鞭で打ったり、フォークを手の甲に刺したりすることが、躾なのか。」
震える声で、ワカヒコが尋ねる。
「あれは兎に角、行儀がなっていないのです。ノバラ様が直々にご指導くださるために食堂に座らせてやったというのに、途端に涎をこぼすのです。姿勢も、いくら言っても背筋を伸ばせない、スープを掬おうとすると音を立てる。言っても分からなければ、体に教えるしかございませんでしょう?」
「その、食事は、せめて毎日一度くらいは渡していたのだろうな……?」
「あれは男として育ってはいけないのに、食事を渡すと、どんどんたくましくなるものですから、毎日など渡してはおりません。」
「男が、男として育つのは当然のことだろう。何を言っているんだ……。あなたは、あなたと王妃殿下は、数日ぶりにもらった食事を前に平静でいられるのか?音を立てずに食事ができると言うのだな?」
「そのような状況になることはありませんので、何とも申し上げることはできません。あれは、折角ノバラ様が食堂へ招いても、その行儀の悪さで口にはできないのでございますから、本当にどうしようもないものでございました。」
ワカヒコは、絶句した。宰相も、ミカゲもヌイもリンドウも言葉を発することができなかった。
ではヤクモは、数日に一度、食堂に座れたとして、食べられてはいなかったのだ。それどころか、食べ物を前に、手にフォークを刺されたり姿勢が悪いと鞭を打たれたりしていたのだ。姿勢を正すためのコルセットを、骨が傷むほど締められて。
食堂でパニックを起こしたヤクモを思い出す。
もう二度と、あの場所には連れていくまい、とヒカゲとヌイは心に誓った。
「リンドウ様以外の子どもの世話をしたことがあるか?」
十人いたメイドのうち、はい、と答えたのは一人だけであった。いいえ、と答えた者は、どんどん部屋から出していく。
同じように、他の使用人達にも、リンドウ様以外の子どもに料理を出したことがあるか、姿を見たことがあるか、と聞いていった。三人いた料理人は、子どもはリンドウ様だけだ、と言い、一人だけが、子どもは知らないが、食事の時間で無いときに料理を一人分作れと言われたことが何度もある、と言った。彼は、リンドウが頼むと、パンやスープの残りを融通してくれていた料理人だった。
護衛達は、夜勤の時に数人が、白いワンピースを着た子どもを見たことがあった。病気の妹姫だろうと思っていた、という。
知っている者だけを残して話を聞いていく。共通していたのは、いつも同じメイドが傍らにいた、ということだった。
「つまり、離宮においては、そなただけがヤクモ殿下の近くにいた、ということか。」
「ヤクモ殿下?」
「リンドウ殿下の弟君だ。」
「よく分かりませんが、礼儀のなっていない子どもの躾なら、私が致しておりました。」
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「あれは兎に角、行儀がなっていないのです。ノバラ様が直々にご指導くださるために食堂に座らせてやったというのに、途端に涎をこぼすのです。姿勢も、いくら言っても背筋を伸ばせない、スープを掬おうとすると音を立てる。言っても分からなければ、体に教えるしかございませんでしょう?」
「その、食事は、せめて毎日一度くらいは渡していたのだろうな……?」
「あれは男として育ってはいけないのに、食事を渡すと、どんどんたくましくなるものですから、毎日など渡してはおりません。」
「男が、男として育つのは当然のことだろう。何を言っているんだ……。あなたは、あなたと王妃殿下は、数日ぶりにもらった食事を前に平静でいられるのか?音を立てずに食事ができると言うのだな?」
「そのような状況になることはありませんので、何とも申し上げることはできません。あれは、折角ノバラ様が食堂へ招いても、その行儀の悪さで口にはできないのでございますから、本当にどうしようもないものでございました。」
ワカヒコは、絶句した。宰相も、ミカゲもヌイもリンドウも言葉を発することができなかった。
ではヤクモは、数日に一度、食堂に座れたとして、食べられてはいなかったのだ。それどころか、食べ物を前に、手にフォークを刺されたり姿勢が悪いと鞭を打たれたりしていたのだ。姿勢を正すためのコルセットを、骨が傷むほど締められて。
食堂でパニックを起こしたヤクモを思い出す。
もう二度と、あの場所には連れていくまい、とヒカゲとヌイは心に誓った。
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