【完結】塔の悪魔の花嫁

かずえ

文字の大きさ
上 下
76 / 83

76 塔の悪魔

しおりを挟む
 ぽかり、と目が覚めた。
 また、体が少し熱くて汗もかいていたけれど、何だか呼吸がしやすい。
 自分の体から良い匂いがして、ふふ、とヤクモは笑った。
 喉が渇いた、と体を起こそうとするが、思い通りには動かない。まるで体から力が全部抜けてしまったようだ。

「ふえぇ。」

 変な声が出た。
 
「ヤクモ様?お目覚めですか?」

 トキが声をかけてくる。

「みじゅ……。」
「水?お水飲みますか?蜜は?」

 ヤクモが軽く首を横に振るのをみて、コップに水を入れてくれた。ヤクモは起き上がれない。
 トキは、手前に寝ているイズモを、申し訳無さそうに揺らした。

「ん……。」

 ぼんやりと起きたイズモは、ずいぶん深く眠っていたようだ。

「イズモ様、申し訳ありません。ヤクモ様がお水を飲みたいそうですが、起き上がれないみたいで。」
「ああ。うん。分かった。」

 ぼんやりとしているが、イズモは起き上がれたようだ。よいしょ、とヤクモの体を抱き上げる。ヤクモは、体に全く力が入っていなかった。コップも持てないので、イズモが預かって口移しで飲ませる。

「ワカヒコ先生を呼んできますね。」

 トキが出て行った。
 その途端、ベッドの上に、黒い小型の犬くらいのもやが現れる。

「ああ、くろ。早かったね。」

 イズモが言った。くろ、と呼ばれた黒いもやは、すり寄るようにヤクモに近付いた。

「駄目だよ。ヤクモとは繋がらないで。この城には、他にもたくさんいるからね。」

 ベッドヘッドにもたれ掛かって、くったりと力の入らないヤクモを抱きしめる。
 ワカヒコを連れたトキが帰ってきた。

「きゃあ。」

 ベッドの上のくろに気付いて、トキが声を上げる。ワカヒコも、足を止めた。ヒカゲが部屋に飛び込んでくる。

「イズモ様、これは……?」

 ヒカゲが剣を構えながら口を開く。

「これが、くろだよ。」
「くろ。」
「僕が、封じていたもの。」
「剣は効きますか。」
「無理だねえ。」 
「近付くと危険でしょうか。」

 ワカヒコの言葉に、イズモは少し考える。

「大丈夫。くろは、何もしない。」
「何も?」
「そう、何も。くろは、酷い悪意を勝手に取り込んでしまうだけ。そして、天を荒らしてしまうだけ。大好きなムラクモはもういないから寂しい。だから、ムラクモと同じにおいのする血筋の者が恋しくて、寄ってくるんだ。」
「へ、え……。これを、封印するのですね。」
「そうだね。くろも、帰れたらいいのだけれど。」
「帰る……。」
「元いたところ?それとも、ムラクモのところかな……。」
 
 しんみりと、イズモは言った。くろはただ、ベッドの上にいる。

「これが。これが、塔の悪魔……?」

 構えた剣をどうしたらいいのか分からずに、ヒカゲが呟く声がただ部屋に静かに響いた。

 

 


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

最低なふたり

BL / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:30

男爵令嬢エステルは鶴の王子に溺愛される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:74

【R18 】必ずイカせる! 異世界性活

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:376pt お気に入り:2,544

フェチるせぇるすまん

ミステリー / 連載中 24h.ポイント:1,137pt お気に入り:15

ウィングマンのキルコール

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:265

処理中です...