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71 ワカヒコの涙
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ベッドで丁寧に体に香油を塗り込んでいる途中に、すっかり力の抜けたヤクモから寝息が聞こえて、ワカヒコはほう、と長く息を吐いた。
取り繕っていた笑顔が消えて、その目からは堪えきれない涙が一筋こぼれる。
塗り終えた香油を置いて、うつ伏せのヤクモの背中を、ぐ、ぐと少し強めに押して、歪んだ背骨にマッサージをした。くったりと気持ち良さそうに眠る体の、なんと細いことか。
さあ治療を始めよう、と掴んだヤクモの右手の甲に、幾つものフォークを刺された穴が見えた時から、笑顔を取り繕うのが大変だった。全身が、その調子で傷だらけなのだ。
あばら骨は、幾つものひびが入ってはくっついたのだろう跡が、何となく分かってしまう。折れていなくて良かった、と思うべきなのかもしれない。よくぞ、生きていてくれた。
それでも。
それでも。
「これは、本当に、人のできる所業なのですか。」
ワカヒコの声は、怒りに震えた。止まらない涙が頬を伝う。ヤクモに寝間着を優しく着せて、布団をかける。
「話を聞きたいが、その前に。」
興味深くワカヒコの治療を見守っていたイズモの手を取った。
「あなたも顔色が良くない。診察しますね。」
驚いたイズモが戸惑うのも構わず、ベッドに腰掛けさせる。服を脱いで、と言うとイズモは素直に従った。
「こんなことしてもらうの、初めてだ。ふふ。それ、何が聞こえるの?」
聴診器を胸に当てられて、子どものようにはしゃいでいる。
「医者にかかるのは初めて?丈夫だったんですね。」
「どうなんだろう。丈夫なのかな?具合悪くても、寝てるしか無かったし。」
「……。何事も無くて良かった。うん。だいぶお疲れのようだ。栄養が足りてないですよ。あなたも少し、横になって。」
ワカヒコは、城の客間らしく大きめなベッドの、ヤクモの横のスペースにイズモをうつ伏せで寝かせて、香油でマッサージを始める。
「うわあ、気持ち良い。」
ご機嫌なイズモが寝息を立てはじめるのは、あっという間だった。頬の緩んだその顔は、ひどく幼く見える。そっとシャツを着せて、ヤクモとまとめて布団をかけると、ワカヒコは深い深い息を吐いた。
「ミナツキ医師。助かった。」
いつの間にか持ってこさせた書類を書いていた宰相が、終わった様子を見てワカヒコに話しかける。寝ている二人に配慮して、声は抑えていた。
「先ほどの、医師長並みの権限を与える旨を書類に認めた。仕事としては、イズモ様とヤクモ様の治療を最優先してほしい。騎士団の方へは、抜けた分の人員を配置するよう手配する。」
「ヤクモ様の治療を、他の者に譲る気はありません。あの傷を付けた者はすでに捕らえてあるのですか?どんな悪魔が、このようなことを?」
「……。話を。別の部屋で。」
「是非。」
宰相とリンドウは、罪の告白をする罪人の心持ちであった。
イズモとヤクモが眠る部屋にヒカゲとトキを残して、五人は王妃のいる客間へと向かった。
取り繕っていた笑顔が消えて、その目からは堪えきれない涙が一筋こぼれる。
塗り終えた香油を置いて、うつ伏せのヤクモの背中を、ぐ、ぐと少し強めに押して、歪んだ背骨にマッサージをした。くったりと気持ち良さそうに眠る体の、なんと細いことか。
さあ治療を始めよう、と掴んだヤクモの右手の甲に、幾つものフォークを刺された穴が見えた時から、笑顔を取り繕うのが大変だった。全身が、その調子で傷だらけなのだ。
あばら骨は、幾つものひびが入ってはくっついたのだろう跡が、何となく分かってしまう。折れていなくて良かった、と思うべきなのかもしれない。よくぞ、生きていてくれた。
それでも。
それでも。
「これは、本当に、人のできる所業なのですか。」
ワカヒコの声は、怒りに震えた。止まらない涙が頬を伝う。ヤクモに寝間着を優しく着せて、布団をかける。
「話を聞きたいが、その前に。」
興味深くワカヒコの治療を見守っていたイズモの手を取った。
「あなたも顔色が良くない。診察しますね。」
驚いたイズモが戸惑うのも構わず、ベッドに腰掛けさせる。服を脱いで、と言うとイズモは素直に従った。
「こんなことしてもらうの、初めてだ。ふふ。それ、何が聞こえるの?」
聴診器を胸に当てられて、子どものようにはしゃいでいる。
「医者にかかるのは初めて?丈夫だったんですね。」
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「……。何事も無くて良かった。うん。だいぶお疲れのようだ。栄養が足りてないですよ。あなたも少し、横になって。」
ワカヒコは、城の客間らしく大きめなベッドの、ヤクモの横のスペースにイズモをうつ伏せで寝かせて、香油でマッサージを始める。
「うわあ、気持ち良い。」
ご機嫌なイズモが寝息を立てはじめるのは、あっという間だった。頬の緩んだその顔は、ひどく幼く見える。そっとシャツを着せて、ヤクモとまとめて布団をかけると、ワカヒコは深い深い息を吐いた。
「ミナツキ医師。助かった。」
いつの間にか持ってこさせた書類を書いていた宰相が、終わった様子を見てワカヒコに話しかける。寝ている二人に配慮して、声は抑えていた。
「先ほどの、医師長並みの権限を与える旨を書類に認めた。仕事としては、イズモ様とヤクモ様の治療を最優先してほしい。騎士団の方へは、抜けた分の人員を配置するよう手配する。」
「ヤクモ様の治療を、他の者に譲る気はありません。あの傷を付けた者はすでに捕らえてあるのですか?どんな悪魔が、このようなことを?」
「……。話を。別の部屋で。」
「是非。」
宰相とリンドウは、罪の告白をする罪人の心持ちであった。
イズモとヤクモが眠る部屋にヒカゲとトキを残して、五人は王妃のいる客間へと向かった。
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